「ほっ」と。キャンペーン

閑話 その弐






ひとり酒

f0374885_20544182.jpg

                 銚子は九谷焼(平野由佳さんの作品)、酒杯は京漆器(金銀蒔絵抽象文)







今夜はひとり酒。飲むお酒は何かと言えば
“王禄”である。最近飲むことが多くなった
お酒である。辛口とひとは言うが旨口の好
きな私にもいける。新酒の割に米の旨みが
舌の上に広がり、喉ごし重たからず軽から
ず、癖になる味わいがズシンとお腹にくる。

流れる曲は二ヶ月前からターンテーブルに
乗っているディヌ・リパッティのピアノ曲
 “ 主よ、人の望みの喜びよ ”
リパッティはこの曲を何度か録音している
ようだが、私は1950年9月11日の録音が
一番好きである。何度聴いても胸にこみ上
げてくるものがある

f0374885_21105345.jpg


          深夜にひとりお酒を飲みながらしんみりとした曲を聴いているとつい若かった頃を思い出す



 わたしの「修行時代」ー 神田神保町

 小さな書店で働く
 神田神保町の古書店街の真ん中あたりに小宮山書店という名の古書店がある。
その裏の路地を少し入った所に“春陽堂”という書店があった。扱っている種類の
本は、海外の新刊本と雑誌、それに新聞であった。輸入レコード等も扱っていた。
わたしはそこで四年ほど働いた。

 わたしの仕事はと言えば、新聞や雑誌をオートバイに乗り官庁、大使館、商社
などに配達をするというものであった。主に港区にある大使館への配達が多かった。
外国人の経営する商社へ配達すると、時にはチップを頂くこともあった。出社時間
は自由で、午後からの配達を済ませればよいという気ままな仕事だった。
 当時のわたしは美術を学ぶ二部の専門学校生であったため、学費・生活費を書店
で働き僅かな収入を得ていたのである。住んでいた部屋といえば足立区北千住の三畳
一間の下宿屋であった。あの時代の学生としては、一番狭い間取りの部屋に住んで
いたのではないだろうか。神田川にも縁のある環境であったが、当時流行っていた
『神田川』の歌のような思い出は残念ながら無い

 書店で働くアルバイトの学生は、わたしの他に数名はいただろうか。美術の専門学校
に通う者、技術系の専門学校に通う者、それに一部・二部の大学生。漠然とした目標
を持つ者もいれば、得体の知れない者もいた。時には仕事を終えてから、連れだって
近くの喫茶店(ラドリオ、さぼうる、虎…等々)に入り、談笑もすれば先生格の者の
“授業”を受けることもあった。

 わたしは学校へは余り行かず、どのようなものを制作するか、を何時も考えていた。
調べものをするのに新刊書店や古書店に入浸り、テーマに沿う本を漁っていたのだ。
場所柄もあり書店に入らぬ日は無かった。

 古書店巡り
 一誠堂書店
 いくつかの古書店の名は今でも覚えている。まず一誠堂書店。古書店では一番風格
の漂う店であった。確か鉄筋コンクリート造り、三階建ての建物っだたかと記憶する。
大正時代か昭和の初め頃に建てられたような洒落た意匠の小規模なビルであった。
 それほど広い店内ではなかったが、書棚は間隔を広くとり他の古書店のような猥雑
な感じは無かった。むしろ閑散とし、床はタイル貼りということもあり寒々とした
雰囲気があった。先客はほとんど居たためしがなく、背広を着た店員さんが階段を二
三段上がったあたりから客の様子を窺い、レジにはもう一人の店員さんが無表情な顔
で仕事をこなしていた。

 十代の若者には場違いな所に見えたものだ。興味のある本を見つけ値段はと裏表紙
を開いて見ると、そこには売値が符丁で書かれていて店の者にしか分らないようになって
いるのだ。状態の良い本のため、そのどれもが他の店よりやや高めの値段設定だったか
と記憶する。

 この店は、『一古書肆の思い出』を著わした反町茂雄氏の修行した古書店でもある。
反町氏は東京大学を卒業し、一誠堂書店に住込みで丁稚奉公に入った人である。給料
には双方とも触れず、出すとも下さいとも言わなかったと言う。勤務時間は実質無制限、
休日は月に一回という条件であった。本の本質を学ぶために古書店で一年ばかり働く
つもりが三年は修行しないと使いものにならないと言われ覚悟を決めたようである。
大卒であるが故の苦労も当然あったに違いない。
 年季が明け独立する段に、店の主人から「かつて反町のように身を粉にして働いた
者を知らない。今後もそのような者は出ないであろう」と言われたと後に語っていた。
 独立してからがまた大変だったようで、今までは名門一誠堂の番頭だったので同業者
に一目置かれていた。独立すれば新参の一業者、周りの接する態度に変化があったよう
である。
 現在でも、古書店街で働く者には一誠堂で修行した者が少なからずいるようである。

                              ……明日の夜に続く





f0374885_09441006.jpg

                  


[PR]
# by kame-fukusima | 2017-02-22 21:06 | お酒