ギャラリー同仁斎 Gallery Dojinsai 京都の風景と各地の山旅の写真を中心に紹介しています。リンクは自由です。

古寺巡礼 つれづれなるままに 番外(金鳳山平林寺)








   平林寺境内林

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   撮影:1970年5月 アサヒペンタックスSL smcタクマー55mm f1.8 ネオパンSS 
   現像液:フジ・ミクロファイン スキャナー:エプソン GT-X970 



「武蔵野」という名に惹かれ、埼玉県にあるという平林寺を訪ねたのは五月の連休であった。
国木田独歩の随筆であったか、武蔵野が舞台になっていたように思う。
独歩はツルゲーネフの小説に書かれていた白樺林の自然描写に影響をうけ、
「武蔵野」を書いたように記憶しているが、どうだったであろうか。
その『武蔵野』を十代の頃に読み、武蔵野の自然描写に感激し五月のある一日を平林寺で過ごした。

最寄りの駅からバスで二十分くらいの所に平林寺はあった。一つ前のバス停で降り、農家の庭先にいたお年寄り
に平林寺までの道を尋ね、のどかな雰囲気の残る畑の一本道を歩いた。天高くさえずるヒバリの鳴き声や遠くの
山林から聞こえてくるキジの鳴き声を聞いていると、まるで楽園の中を歩いているような不思議な感覚に陥った。
この感覚は霧の尾瀬ヶ原を歩いているときや、京都北山あたりの紅葉に彩られた山間の道を歩いているときにも
感じられる(けしてクスリには手を出していませんから)。

平林寺ではフイルムの一本か二本は撮影していると思うのだが、残っているものは投稿した写真が全てである。
山門、仏殿、中門などは関心が無かったのか撮影したフイルムは一枚も見当たらない。
ひたすら武蔵野の面影を追っていたのであろうか。
境内は想像していたより広くはなかった。
武蔵野の面影を追い求めるあまり、気がつくといつの間にか南の隣家の敷地にまで入り込んでいたようである。

隣の農家のおじさんと出会い、武蔵野の話を聞くことができた。
ここに生えている草は雑草ではなく“カヤ”であり、栽培しているということ。今でも西の方の田舎では
(ここも十分に田舎だと思うけれど)屋根材として利用されているので売れるのだということなど。

この時の撮影機材といえば、購入したばかりの中古の一眼レフ(アサヒペンタックスSL)、
レンズは標準レンズのみであった。
せめて広角レンズの一本くらいは欲しかったのだが、初月給を全額はたいても、購入できたのは標準レンズ
付きであった。あこがれのニコンFなどは夢のまた夢。一番ふところに優しかったのが中古のペンタックスSL
であったのだ(このカメラは今でも所有している)。
あれから、もうすぐ五十年になろうとしている。










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by kame-fukusima | 2017-05-27 06:43 | 古寺巡礼