ギャラリー同仁斎 Gallery Dojinsai 京都の風景と各地を旅したときの写真を掲載(古い写真が多数あります)。事情によりコメント受付などを控えさせて頂きます。リンクは自由にどうぞ。

下北紀行 ー 19歳の夏 004 Northern Japan 





亡き人を偲ぶ



                     イタコの口寄せ(死者の御霊を現世に呼出す行い)
                      ※心臓の悪い方は御覧にならないでください


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恐山では、イタコの口寄せは夏と秋の二回行われる。
※掲載した写真は津軽地方の大祭でのもの







霊場恐山

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『卒塔婆塚の前には、いかめしい棚を作り・・・仏名を書いたうすいそぎ板を、一本六文の銭でもとめ、老若男女、手ごとに持ってきて
この棚におき、水をくんであげ、「ああはかないものだ。わが愛する花とみていた孫子よ、こうなってしまったか、わが兄弟、妻子よ」
と、あまたの亡き魂呼びになき叫ぶ声、念仏の声が山にこたえ、こだまにひびいている。小さい袋の中からうちまき(散米)をだして、
水をそそいだ女が「わが子がさいの河原にいるならば、いま一目見せて」とうち嘆いて、しぼんだとこなつ(ナデシコ)をこの棚の上
においた。』・・・『菅江真澄遊覧記』寛永五年(1793)六月二十三日、より











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恐山は慈覚大師円仁が切り開いたと伝えられている。現在は曹洞宗の寺院(菩提寺)がある。ご本尊は地蔵菩薩。
イタコは寺院とは全く関係ないという。江戸時代の紀行家菅江真澄は田名部に来た際、この場所に三度湯治にきているが、
その頃はイタコの口寄せはここでは見られなっかたようだ。戦後になってからの風習のようである。






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by kame-fukusima | 2017-08-13 05:00 | 下北紀行