梅は野にありても山にありても、小川のほとりにありても荒磯の隈にありても、たゞおのれの花の美しく香の清きのみならず、

あたりのさまをさへ床しきかたに見さするものなり。崩れたる土塀、歪みたる衡門、あるいは掌のくぼほどの瘠畠、

形ばかりなる小社などの、常は眼にいぶせく心にあかぬものも、それ近くにこの花の一ト木二タ木咲き出づるあれば、

をかしきものとぞ眺めらるゝ。たとへば徳高く心清き人の、如何なるところにありても、其居るところの俗には移されずして、

其居るところの俗を易ふるがごとし。出師の表を読みて涙をおとさぬ人は猶友とすべし、この花好まざらん男は奴とするにも堪へざらん。

露伴翁…花のいろいろ「梅」の項




                             白梅五題

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出師表」(すいしのひょう、)とは、臣下が出陣する際に君主に奉る文書のことである。

建興5年227年)、諸葛亮が主君の劉禅に奉った上奏文。一般に「出師表」と言えばこの文章を指す…
自分を登用してくれた先帝
劉備に対する恩義を述べ、あわせて若き皇帝である劉禅を我が子のように諭し、
自らの報恩の決意を述べた文である。
陳寿国志の本文にも引用されている他、『文選』、『文章軌範』等
にも収められており、諸葛亮の真作と考えられている。

古来から名文中の名文とされており「諸葛孔明の出師の表を読みて涙を堕さざれば、その人、必ず不忠」
(『箋解古文眞寶』の安子順の発言部分)と言われてきたほど、諸葛亮の蜀に対する忠義が如実に描写されていると言われてきた。
 …ウィキペディアより引用







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by kame-fukusima | 2017-03-03 09:12 | 京都御苑 Kyoto Gyoen Na