カテゴリ:酒と音楽( 3 )

閑話 その参







今夜もひとり酒

f0374885_18113093.jpg

                     絵唐津のぐい呑みと薩摩黒じょか(長太郎本窯)




今夜もひとり酒。年齢を重ねると外でお酒を飲む回数が少なくなってくる。
二十代の頃は、“ブルーノート” 、“厭離穢土”、“サンタクロース”、“キエフ”
(お登紀さんの尊父と隣同士で飲んでいたこともあった)などでそれこそ
三四時間は飲み続けていたものだ。それも今は昔……
で今夜用意したお酒は、“〆張鶴”の絞りたて原酒。アルコール度数20度という
強者である。新酒の時期だけの販売という。

〆張鶴の名は知ってはいたが今まで飲む機会がなかった。今回、破格ともいえる
リーズナブルな価格と原酒という表示に惹かれ購入してみた。好みの酒質で
あった。淡麗とはほど遠い濃醇な味わい。ロックでもぬる燗でも合う。ただし
鉄のような胃袋を持ち合わせていないと後で胃に変調をきたす恐れがある。

合わせる酒器は絵唐津のぐい呑みに黒じょか。黒じょかは焼酎を飲む際に使う
物だが燗酒や冷酒にも合う。これでウイスキーを飲むバーのオーナーもいると聞く。

今夜かける音楽は、グレン・グールドの弾くブラームス “ 間奏曲集 ”
彼の弾くバッハの “ ゴールドベルグ変奏曲 ” も好きだが、今夜はこのレコードを
ターンテーブルに乗せる。カートリッジは今では古いタイプに分類されるオルト
ファンのもの。
全曲ロマンチズムに溢れるような曲であるが、甘さばかりではない。激しい旋律
からはブラームスの苦悩が垣間見えるようだ。
ブラームスはクララ・シューマンを思い浮かべながらこのような曲を弾いていたの
だろうか。
お酒に酔う前に、この間奏曲集のピアノの鍵盤が奏でる一音一音の響きと粒立ち、
そして旋律に酔ってしまう。あげく〆張鶴との “シナジー効果” により相当酔いが
まわってきたようだ。





f0374885_18131757.jpg


         黒じょかの弦を右手に持ちぐい呑みにたっぷりお酒を注ぐ。絵唐津のぐい呑みは、40年ほど前に三年坂を
         下ったところにあった骨董店で購入したもの。店番のお婆さんが、これは唐津だよと説明してくれたが、
         ろくに聞いてもいなかった。よほど使いこんだとみえ、高台のところがすり減りろくろの回転方向が判別
         できない。おそらく京唐津ではないか、とにらんでいる。唐津特有の茶色い土は、私のところに来てから
         大分お酒を飲んだものと見え、テカテカと妖しげなまでに鈍い光を放っている。
         お酒に付きもの料理は無い。このお酒を味わうには料理は無用である。お酒とつまみの相乗作用も良いもの
         だが、お酒の質を楽しむには舌の上で “ 蜜の味 ” をじっくりと転がし、その匂い・甘・辛・酸・苦みなどを
         堪能し最後に喉ごしの感覚を楽しむ……おっと、また能書きを垂れてしまった。
         お米を作ってくれた人、お酒を醸してくれた人に感謝し、いただきます。

         さて昨日の夜話の続きだが、どこまで話しただろうか……



 わたしの「修行時代」ー 神田神保町2

 田村書店
 個性ある古書店主に田村書店の主人がいた。この書店には私の嗜好にあう本が沢山あり、値段も比較
的安かった。あるとき、店前のワゴンに大森義太郎著『まてりありすむす・みりたんす』という本があり
100円の値段であった。あいにく小銭が無かったので千円を差し出すと「売りません!」と言われ目を
丸くしていると「買いたいのなら100円を用意しなさい」と説教されたものである。理由も言わずに
「値段を負けて欲しい」と言おうものなら、帰ってくれと言われるのが落ちである。
 
 優しい面もあるようで、ある日、私と同年代の青年が「見習いで働かせて欲しい」と、くだんの主人
に頼み込んでいた。どう返事をするのかと見ていたところ、タイミングが良かったのか雇うことになっ
たようである。時々、店を覗いてみたが青年は辞めずに働いていた。時折、主人は青年に向かい「○○
君、君ならこの本いくらに値を付ける?」と尋ねては返事を聞き「そんなところだな」と相好を崩して
いる姿を見たことがある。
 
 主人は後継者を育てることに熱心であったように思う。すでに80代後半の年齢になると思うが、元気
で働いていてほしいものだ。

 十月書房
 なんといっても一番印象に残っている古書店の主は、“10月書房” の親爺さんであった。一誠堂裏の狭い
路地の交差点角にあった店である。それは見過ごしてしまうような小さな店であった。店の主人は70代後半
の年齢に見えた。薄暗い店の奥で冬といわず夏といわずコタツに足を入れ、大きな身体を丸めるようにし
こちらの様子を見ていた。雑誌を中心に置いていた店であったように思うが、狭い店内を見渡すと果たして
このような雑誌が売れるのだろうか、といらぬ心配をしてしまう。見る者によってはゴミにしか見えない
だろう。ご近所なので昼休みなど話を聞きによく通ったものである。
 
 ある日、いつものように顔を出すと、入口を入った左の机の上に薄っぺらい数十冊の『改造』という雑誌
が積んであった。戦前の雑誌である。『世界』『中央公論』と肩を並べるインテリ層が読むような雑誌で
あったようである。何冊かその本を手に取り目次を見ていると、山川均、大森義太郎、向坂逸郎などの名が
見える。全く知らない名ではない。値段はと裏表紙を見ると、鉛筆で書きなぐったような数字で結構よい
値段が書かれている。

 珍しい雑誌が入りましたね、と主人に話しかけると、こないだの古書市で仕入れたとの返事が返ってきた。
大森義太郎の論文は初めて見ます、と再度声を掛けると、店主は おおもり ぎたろう と呼んでいたのが強く
印象に残っている。
 大森義太郎は資産家の家で育ったらしく、若い頃にライカカメラ(当時、ライカ一台の価格で家一軒が買
えたという)を使っていたというので良く覚えていたのである。
 数冊の『改造』を手にし店を後にした。

 それからしばらく経ち、店の前を通っても戸口の色あせたカーテンは閉ったままであった。何日経っても
カーテンの開くことはなく、再びあの親爺さんの姿を見ることはなかった。






f0374885_18134985.jpg


[PR]
by kame-fukusima | 2017-02-25 21:08 | 酒と音楽

閑話 その弐






ひとり酒

f0374885_20544182.jpg

                 銚子は九谷焼(平野由佳さんの作品)、酒杯は京漆器(金銀蒔絵抽象文)







今夜はひとり酒。飲むお酒は何かと言えば
“王禄”である。最近飲むことが多くなった
お酒である。辛口とひとは言うが旨口の好
きな私にもいける。新酒の割に米の旨みが
舌の上に広がり、喉ごし重たからず軽から
ず、癖になる味わいがズシンとお腹にくる。

今夜用いる酒器は九谷焼の銚子(奈良市内
にあるギャラリーたちばなで購入)と京漆器
(剱岳黎明)で合わせた。

流れる曲は二ヶ月前からターンテーブルに
乗っているディヌ・リパッティのピアノ曲
 “ 主よ、人の望みの喜びよ ”
リパッティはこの曲を何度か録音している
ようだが、私は1950年9月11日の録音が
一番好きである。何度聴いても胸にこみ上
げてくるものがある

f0374885_21105345.jpg


          深夜にひとりお酒を飲みながらしんみりとした曲を聴いているとつい若かった頃を思い出す



 わたしの「修行時代」ー 神田神保町

 小さな書店で働く
 神田神保町の古書店街の真ん中あたりに小宮山書店という名の古書店がある。
その裏の路地を少し入った所に“春陽堂”という書店があった。扱っている種類の
本は、海外の新刊本と雑誌、それに新聞であった。輸入レコード等も扱っていた。
わたしはそこで四年ほど働いた。

 わたしの仕事はと言えば、新聞や雑誌をオートバイに乗り官庁、大使館、商社
などに配達をするというものであった。主に港区にある大使館への配達が多かった。
外国人の経営する商社へ配達すると、時にはチップを頂くこともあった。出社時間
は自由で、午後からの配達を済ませればよいという気ままな仕事だった。
 当時のわたしは美術を学ぶ二部の専門学校生であったため、学費・生活費を書店
で働き僅かな収入を得ていたのである。住んでいた部屋といえば足立区北千住の三畳
一間の下宿屋であった。あの時代の学生としては、一番狭い間取りの部屋に住んで
いたのではないだろうか。神田川にも縁のある環境であったが、当時流行っていた
『神田川』の歌のような思い出は残念ながら無い

 書店で働くアルバイトの学生は、わたしの他に数名はいただろうか。美術の専門学校
に通う者、技術系の専門学校に通う者、それに一部・二部の大学生。漠然とした目標
を持つ者もいれば、得体の知れない者もいた。時には仕事を終えてから、連れだって
近くの喫茶店(ラドリオ、さぼうる、虎…等々)に入り、談笑もすれば先生格の者の
“授業”を受けることもあった。

 わたしは学校へは余り行かず、どのようなものを制作するか、を何時も考えていた。
調べものをするのに新刊書店や古書店に入浸り、テーマに沿う本を漁っていたのだ。
場所柄もあり書店に入らぬ日は無かった。

 古書店巡り
 一誠堂書店
 いくつかの古書店の名は今でも覚えている。まず一誠堂書店。古書店では一番風格
の漂う店であった。確か鉄筋コンクリート造り、三階建ての建物っだたかと記憶する。
大正時代か昭和の初め頃に建てられたような洒落た意匠の小規模なビルであった。
 それほど広い店内ではなかったが、書棚は間隔を広くとり他の古書店のような猥雑
な感じは無かった。むしろ閑散とし、床はタイル貼りということもあり寒々とした
雰囲気があった。先客はほとんど居たためしがなく、背広を着た店員さんが階段を二
三段上がったあたりから客の様子を窺い、レジにはもう一人の店員さんが無表情な顔
で仕事をこなしていた。

 十代の若者には場違いな所に見えたものだ。興味のある本を見つけ値段はと裏表紙
を開いて見ると、そこには売値が符丁で書かれていて店の者にしか分らないようになって
いるのだ。状態の良い本のため、そのどれもが他の店よりやや高めの値段設定だったか
と記憶する。

 この店は、『一古書肆の思い出』を著わした反町茂雄氏の修行した古書店でもある。
反町氏は東京大学を卒業し、一誠堂書店に住込みで丁稚奉公に入った人である。給料
には双方とも触れず、出すとも下さいとも言わなかったと言う。勤務時間は実質無制限、
休日は月に一回という条件であった。本の本質を学ぶために古書店で一年ばかり働く
つもりが三年は修行しないと使いものにならないと言われ覚悟を決めたようである。
大卒であるが故の苦労も当然あったに違いない。
 年季が明け独立する段に、店の主人から「かつて反町のように身を粉にして働いた
者を知らない。今後もそのような者は出ないであろう」と言われたと後に語っていた。
 独立してからがまた大変だったようで、今までは名門一誠堂の番頭だったので同業者
に一目置かれていた。独立すれば新参の一業者、周りの接する態度に変化があったよう
である。
 現在でも、古書店街で働く者には一誠堂で修行した者が少なからずいるようである。

                              ……明日の夜に続く





f0374885_09441006.jpg

                  


[PR]
by kame-fukusima | 2017-02-22 21:06 | 酒と音楽

閑話 その壱


長珍と黄瀬戸・・・そしてジャンゴ・ラインハルト


長珍というお酒がある。旨口のお酒らしい。また新聞紙シリーズというものがあるらしい。
なにやら怪しげな匂いがする。酒好きのわたしとしては、死ぬまでに一度は飲んでみたいと思っていた。
欲すれば何とやら・・・骨董品と同じである。欲求が無ければ出会いも無いのである




長珍生々熟成5055

f0374885_15234893.jpg



ここ一年ほど長珍をよく飲んだ。う~ん旨い、と口には出さずとも顔に出るらしい。
旨口のお酒なので飲めない御仁もいると思う。濃醇さが苦手の方も居られよう。
でもでもわたしは、何杯でも飲みたい・・・と思うがそう上手くはいかないのである。
ふだんは “ 阿波山田65 ”を飲んでいる。年に一度“生々熟成5055”というお酒が出る。
ヘンナ名前だがまっとうなお酒である。待ち遠しかった。
一年ぶりに愛しい我が子に会ったような気持ちとでも言おうか。
お酒を飲まない御仁には理解不能な気持ちと思う。

とろ~りとして旨いのである。昨年は一本しか手に入らなかった。で、今年は
がんばって二本分けてもらった(酒屋のオヤジに拝み倒して)。ところがである。
昨年のとろ~りが無い、どこを探しても見当たらない・・・
では、不味いのかと問われたなら、イヤ旨いよと答えてしまう。

開栓一日目・・・甘いなぁ、麹の匂いが鼻に抜け独特の味わいが舌の上にころがる。
おっ、続いて辛みと苦みの連続パンチだ。
う~む・・・明日に期待しよう・・・
三日目・・・すこし硬さが取れてきたかな。甘みが後退し辛み、苦み、酸味が勝ってきたなぁ。
五日目・・・だいぶ良くなってきたなぁ。お米の旨みに続いて辛み、苦み、そして出しゃばらない酸味。
七日目・・・良くなってきたと思ったらもうお終いだ。残念。
残りの一本は、もう少し冷蔵庫で寝かせてから飲もう。

※30日後に二本目を開けたところ、僅かな期間で熟成が思った以上に進んでいました。
  より旨みが増し、切れもよくなっており、ぬる燗で飲めばとろり感が出てより美味しく
飲むことが出来ました。冷やして飲むより燗をするほうが体に負担を掛けずお薦めです。






黄瀬戸と九谷
f0374885_15242879.jpg


片口は“黄瀬戸”である。数年前、岐阜のギャラリーで長い間売れずに残っていたものを
譲り受けた。堀 一郎氏の作である。猪口は九谷の須田青華窯のもの。

昨夜、晩酌の時に撮影しようとしたが、あまりに生活感が出すぎたので
改めて今日の昼に撮影したもの。日付が出ているのはご愛敬ということで・・・



ジャンゴ・ラインハルト

ここ一ヶ月間、ターンテーブルの上には『ジャンゴロジー』という
モノーラルレコードが乗っている。気に入ったレコードがあると
入れ替えたりせずに半年間は同じレコードを聴く。そんな習慣が出来てしまった。
単にレコードを載せ替えるのが面倒なのかも知れない。

お酒を飲みながらジャンゴを聴く。“マイナー・スイング” “ラ・メール”
と続けて聴きすすむ。哀愁を帯びたギターとバイオリンの音が胸に深く突き刺さる。
切ないほど痛い。
しかし絶望感とはほど遠いメロディーとリズムだ。ここには流浪の民の悲哀は感じられない。
大ベテランの風格が漂う演奏が聴ける。躍動感あふれるギターの弦の音が力強く、弦の太さが見えるようだ。
ステファン・グラッペリも若さ溢れる気合いの入った演奏である。ピアノのジャンノ・サフレもスイングしている。
真剣勝負をしているのか、互いに切磋琢磨しているクラブの様子が目に見えるようだ。
芳しい香りの漂ってくるような見事な演奏だ。

だが、いっとき陰りが見える、そう思える時間が漂う。またあるときは仄暗い空間の中に希望の光芒が見える。
朝の来ない夜はない、ということだろうか。
若い頃はジャンゴのギターよりステファン・グラッペリのバイオリンに惹かれた。
今ではどういう訳かグラッペリの存在が耳から遠ざかり、ギターの音に耳が行っている。
ジャンゴの前にはジャンゴはいない。

ジャンゴのレコード再生は意外と難しいものだ。以前、安価なレコードプレーヤーと
手頃な値段のカートリッジで音楽を聴いていた。あの頃のジャンゴの音を再び聞きたいと思っても
あの音は二度と甦らない。




f0374885_00222332.jpg


[PR]
by kame-fukusima | 2016-12-11 20:03 | 酒と音楽