西海岸

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撮影地は定かではありませんが西海岸としておきます。見ての通り雑然とした雰囲気があります。
通路の脇には物干し竿のように丸太が組まれていますが、スルメイカや洗濯物を干す所のようです。
冬には暴風・防雪のための板囲いに“変身“するのかもしれませんね。








                              尻屋崎灯台

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北には津軽海峡、東には広大な太平洋がある。









尻屋崎

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尻屋崎には寒立馬(かんだちめ)と言う農用馬が放牧されている。夜間と冬季はゲートで閉鎖され行くことが出来ない。







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by kame-fukusima | 2017-08-17 05:00 | 下北紀行







漁網の修理

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夏の強い日差しの下での細かい作業はさぞ辛かろうに。見ているだけで頭がクラクラしそう。








村へ続く道

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終点でバスを降りてから、一番西にある集落まで一里を越える距離を歩いた覚えがある。








午後の海

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左奥に見える山並みは津軽半島と思われる。







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by kame-fukusima | 2017-08-16 05:00 | 下北紀行






西海岸


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当時のレンズはゴーストやフレアーがよく出た。それを意図して撮影したのではなく、気にしていないだけ(^^;)
民家だろうか、海風を防ぐため風上に囲いをしてある(津軽地方では大がかりな囲いが見られる。それは次のシリーズで)。








舟の陸揚げ作業

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人力で舟を陸に揚げている。これは小さい労力で重量のある物を移動させることができる、言わばウインチ(歯車は無い)。
子どもの頃、これでよく遊んだものです。“曳き家“工事も滑車とコロを併用すれば、大きな家であっても大人数人で
動かすことが出来るのです。当世では近代的なウインチと動力を用いてビルや城(櫓)をも動かすことが出来る優れもの
(私の故郷では「かぐら」と呼んでいた)。








                              二艘の船

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これから漁へ出るのか、それとも帰ってきたのか写真からは分りませんね(船の上には男三人の姿と釣り竿が見える)。
遠くに見える山並みは、津軽半島か北海道のどちらか。撮影地は脇野沢村だと思うので津軽半島か。
母ちゃんたちの“ほっかむり“は日焼け防止のため。目だけを露出し、つばもあり優れた和製サンバイザー(津軽地方でも見ることができる)。
気に入っている写真です。






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by kame-fukusima | 2017-08-15 17:00 | 下北紀行






西海岸にて

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          スルメイカを干している光景はどこでも見られるものだが、玄関先に吊るしてあるのは珍しいのでは。
          なにか意味があるのだろうか(まず都会では見ることが出来ない光景)。












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海岸ではこのような光景をよく見かける。写真右奥に見える舟がイカ釣り舟。
夜間海へ出て、集魚灯を点灯しスルメイカをおびき寄せては釣り針で引っかける漁法。












                            脇野沢村(現むつ市)

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後方の山が世界北限の猿(ニホンザル)の生息地。夕方、餌付け場所へ行ってみたが猿の鳴き声(警戒音)は聞こえたが姿は見えず。
一年の内二度足を運んだが、結局一度も猿の姿を見ることは出来なかった。
脇野沢村は、全国一出稼ぎ率の高い村として知られていた覚えがある。





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by kame-fukusima | 2017-08-15 05:00 | 下北紀行







尻屋崎

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東日本大震災ではこの辺も大津波の被害を被ったものと思う。
南には、核燃料の再処理工場「六カ所再処理工場」がある。この地を福島原発の立地と同様かつては「不毛の地」と言っては言い過ぎか。
戊辰戦争で官軍に敗れた会津藩士は、この斗南(となみ)地方に追いやられ幾多の辛酸を舐めたことと思う.
それは僕の血筋に無関係では無かったのだ。










                               西海岸

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撮影地の記憶は覚束ない。脇ノ沢、佐井、あるいはマグロで名高い大間あたりだろうか(西海岸と表記します)。









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by kame-fukusima | 2017-08-14 05:00 | 下北紀行





亡き人を偲ぶ



                     イタコの口寄せ(死者の御霊を現世に呼出す行い)
                      ※心臓の悪い方は御覧にならないでください


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恐山では、イタコの口寄せは夏と秋の二回行われる。
※掲載した写真は津軽地方の大祭でのもの







霊場恐山

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by kame-fukusima | 2017-08-13 05:00 | 下北紀行







霊場恐山 osorezan


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田名部(たなぶ)駅前からバスに乗り、霊場恐山に着いたのは昼頃だったろうか。
宿坊に宿泊の申し込みを済ませてから霊場と宇曽利湖の周囲を散策したことを覚えている。
その日は風の強い日で、火口湖である宇曽利湖は波だっており、荒涼とした雰囲気をより一層
際立たせていた。
極楽浜を歩いていると、一人の老婆が僕に近づいてきて知らぬ名で呼んでいる。老婆の娘さんらしき
婦人が後ろから「違うよ、違うよ」と言っているのが聞こえてきた。どうやら、僕のことを亡くした息子
と思ったようだ。僕と同じ年頃の息子さんだったのだろうか。

翌朝は風も無く湖面は静寂そのものだった。







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by kame-fukusima | 2017-08-12 05:02 | 下北紀行








霊場恐山 osorezan


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下北地方では、人は死ぬと魂は恐山に行くと言い伝えられているという。
※写真は、50年ほど前に撮影したものです




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by kame-fukusima | 2017-08-11 07:07 | 下北紀行




prologue



                              仏ヶ浦

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霊場恐山

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釜臥山

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尻屋崎

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脇野沢村

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「下北紀行」は、ある本を読んだことにより始まりました。その本とは大江健三郎氏の『厳粛な綱渡り』でした。
その中に恐山の記述があったのです。人間的な、あまりに人間的な、という内容でイタコの口寄せの場面の記述があり、
それが妙に印象に残ったのです。
旅を続けるうちに風土が人間に及ぼす影響にも関心が向き、その方面では和辻哲郎氏・濱谷浩氏・土門拳氏の三人が
“風土論“を展開していたことを知り、学び、少なからず影響を受けたに違いありません。

旅は下北半島を振出しに、次には津軽半島へと足が向き、都合数年間を旅に費やしました。
当時、上野駅から「八甲田」という夜行列車が出ており、片道十二時間くらいで下北半島や津軽半島の中央部へ
行くことが出来ました。土曜の夜に仕事を終えてから夜行列車に乗り、月曜日の朝には直行で会社へ出勤するという
強行軍でした。車中で二泊、時には現地で一泊か二泊することもありました。いったい何が私をそんな旅に駆り立てて
いたのか今もって不思議です。

青春時代の思い出のネガであったにもかかわらず、木箱に入れられ、押し入れに仕舞われ、日の目を見ないまま半世紀近くになります。
私が彼岸の国へ旅立ったあとには家族はネガの処分に困ることでしょう。不運な結末を見る前にこの場を借りて掲載します。
かつてこのような景色が日本のどこにでも見られた、このような時代があった、わずか半世紀前にはこんな生活があった、
ということを考えていただきたいのです。一人でもよい、見ていただきたい。そんな気持ちでいっぱいです。
きっと長い期間掲載に時間を要するでしょう。続けて掲載すると当然飽きるので時折の掲載にする予定です。

撮影技術・フイルム現像技術はすこぶる付きに拙いことを承知の上で、ノートリミングで掲載します。見苦しい画像
ではありますがフイルム枠付きです(初めは画像の水平を出し、トリミングをしていましたが撮影時の感動が甦って
きませんでした)。
現像や保存状態が悪かったためか、ネガ画像の周辺部が白く変化しているものも多数ありますが、あえて修正せずにそのまま
にしておきました。

カメラ      アサヒペンタックスSL(今では、感動するほどにファインダーが暗いです^^;)
レンズ      smcタクマー f1.8/55  f3.5 /28
フイルム     フジ・ネオパンss 
現像・定着薬品  フジ・ミクロファイン フジフイックス   
スキャナー    エプソンGT-X970(ネガを16bitグレーで取込・tiffで保存 ー データ量は多くなるが、この方法は結果が良かった)







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by kame-fukusima | 2017-08-10 07:03 | 下北紀行