ブナ林


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積雪期の低山歩きは、天候に恵まれると実に気持ちの良いものである。第一に藪こぎが無い(クマザサなどの下草が
雪の下で倒れている)。第二に広葉樹が落葉しているので見通しが良い。遠くまで見渡せるのでブナやミズナラなどの
大木を容易に見つけ出すことが出来、近づいてブナ特有の灰白色の木肌を素手で触り、樹上を仰ぎ見る。その肌には
地衣類が取りつき、モザイク模様が実に美しい。ブナの生きてきた年月に思いを馳せ、幹に耳を着け鼓動を聞き取る。

ブナ科の仲間にミズナラがある。見た目は全く異なり、木肌は立てに裂け枝振りは鋭く天を突くような感がある。
ブナは用材としては役に立たないと言われた時代があったが、ミズナラはヨーロッパではオークと言われ家具などの
高級用材として利用されている。
ブナを森の女王というなら、私はミズナラを森の王と例えよう。

本題に戻ろう。二泊目は伯耆大山西稜にある大山桝水高原というところに宿を取り、三日目の朝から西の稜線を登り、散策路を
一ノ沢あたりまで足を伸したがどうにも写欲が湧いてこない。結局一度もシャッターを切らず、再び歩いて大山寺バス停まで
雪上の獣の足跡を道案内とし戻ったものである。


次回からは、『山陰紀行ー三徳山三佛寺』編ほかをお届けします






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by kame-fukusima | 2017-02-09 08:21 | 山と渓






ブナ林

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伯耆大山は西日本最大のブナ林のあるところである。各地のブナ林を見てきたが、ここのブナ林の特徴は幹や枝が
曲がりくねって伸びていること、と感じた。大木に育ったブナを見ることも無かった。鬱蒼としたブナの原生林
という雰囲気でもない。きっと古より人間との関わりの深い山域なのだろう。日本海からの風がよほど強いため
に真っ直ぐに伸びることは困難なためか、あるいは若木の内に積雪の影響で曲がってしまったのだろうか。
北壁の形状からすると日本海から吹いてきた風が元谷を駆け上がり、一部は頂上を目指し、他の風は複雑な動き
をし左右の尾根筋に分かれて流れていき、樹木の形に影響を与えたのだろうか。

日本海からそう遠くない距離にそびえ立っている伯耆大山の姿は、孤高の存在である(よく似た山に鳥海山がある)。
見る場所によっては富士山のように秀麗な姿を見せてくれるが、一旦北壁や南壁を望めばその成り立ちを示すがごとく
実に荒々しい姿をしている。北壁を眺めていると、大噴火で山腹が吹き飛んだのではないかとさえ思ってしまう。

この日は夏山コースを歩き、五合目付近でブナ林を撮影した。時折横殴りの雪が体を打ち付けたがさほど辛くは感じず、
子どものように雪を楽しんだ。一通り撮影を終え、昼すぎに宿で作って貰った弁当を立ちながら食べたところ、
ジャリジャリと口の中で音を立てるのに驚きもし、閉口したものである。なんと弁当が凍っていたのである。
当然と言えば当然である、気温は氷点下なのであるから。ゆっくりと口の中で溶かすようにして食べた記憶がある。
次からは弁当が凍らぬよう対策を立てようと思ったものである。
六合目の避難小屋までを登山の行程としていたので避難小屋で折り返し、同じ道をたどり下山した。往路復路、
誰とも会うことのない一日であった。
さあ、明日の撮影ポイントに急ごう。






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by kame-fukusima | 2017-02-08 09:45 | 山と渓






伯耆大山・三鈷峰

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夏山登山コース五合目付近より北壁を望む



いつの頃だろうか…確か暮れも押し迫ったクリスマスの日だったように思う。無性に雪山を見たくなり
積雪のある山域を調べ、行き先を伯耆大山に決め早速行動に移した。行きは鉄道を利用したはずだが
どのような経路をたどったのか記憶に無いのだ。米子駅に昼頃到着し遅めの昼食を取ったことは覚えている。
バスに乗り(乗客は私ひとり)、大山の麓にある大山寺バス停に着いたのは午後三時頃であったと思う。

積雪は10㎝程度だったため最寄りのスキー場は閉鎖されており、閑散とした光景であった。まず宿泊施設を見つけ
なければならなかった。土産物屋を兼ねたユースホステルの看板を見つけたので交渉したところ宿は決まった。
ザックを部屋に置き、明日の行程の下見に出かけた。

ここは志賀直哉の『暗夜行路』の舞台でもあったところである。蓮浄院と言う名の宿坊に泊まったことを
知り、門前まで行ってみた。蓮浄院はすぐに見つけることができた。かやぶき屋根の趣のある宿坊である。
『暗夜行路』の小説に出てくる宿坊、と大きな看板が出ていた。
当初ここに泊まることも想定していたのだが、宿坊という性格もあり寒々とした光景が脳裏を横切ったので諦め
たのであった。

余談だが志賀直哉は大山に宿泊したとき、前日食べた食事が良くなかったのか食中毒で倒れてしまったことがある。
下痢止めを飲んだために余計に病状が悪化し、一ヶ月間の療養を余儀なくされたと後に語っている。確かその時
宿泊していたところも蓮浄院であったように思う。
今では『暗夜行路』の内容は忘れてしまった(50年ほど前、志賀直哉をはじめ白樺派の作品は沢山読んだ)。
主人公の名は“時任謙作”であるのは覚えている。やたらと「謙作は…」「謙作は…」と、名を書き立てていた
ことを妙に記憶している。
知られるように『暗夜行路』は自伝的小説である。

現在、蓮浄院は廃墟同然の姿から、倒壊し、その後自然のままに朽ちていく姿をさらしているとも聞く。
私のこの時の大山行きは27年ほど前のことである。“同行者”はいつものニュー・マミヤシックス。二泊三日の旅で
あったが撮影枚数は思いの外少なかった。
なお蓮浄院の写真は撮影していない(ご容赦を)






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by kame-fukusima | 2017-02-05 08:11 | 山と渓







白樺林


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白樺と聞いて悪いイメージを持つ方はいないと思う。高原、白い樹皮を纏った白樺、青い空等々…
明るいイメージが付きまとう。白樺は陽樹と言い、文字通り日の光を好む樹木である。それ故高原や
山の樹木を伐採した後の二次林、山火事や噴火に遭った後の山肌に群生する。しかし、その寿命は短く
数十年と言われている。群生することにより次世代の育つ環境は劣悪になり、皮肉にも他の樹種が白樺
に取って代わる。

大木に育った白樺を見ることは無いと思う。高山の急斜面で赤みがかった樹皮の大きな“白樺”を見た
記憶のある方は、たぶんダケカンバを見たものと思う。白樺は細身の白い体をまっすぐ伸ばしている。
一方ダケカンバは、山の急斜面にへばりつくようにして身をよじり枝葉を伸ばしている。幹は白樺に
比べ逞しく、そして赤い。群生している姿を見ることはなく、孤独な姿で厳しい環境である山肌に点在
している。
私は、そのどちらの姿も好きである。

ある秋の季節であった。上高地での二日間の撮影を終え(持参した30本のモノクロフイルムを使い果たし)
帰路のバスに乗り、夕方の斜光を受ける焼岳の斜面に目を向けていた。群生している白樺の白い肌、黄葉した
葉の黃金色に輝く美しさに見惚れていた。バスを降りて撮影したい衝動に駆られた。だが既にフイルムは無い。

松本駅に到着し写真屋さんを探した。まもなく店は見つかり数本のT-MAXを手に入れることができた
(消費期限は過ぎていたが)。その日の内に上高地へ戻ることは適わず(宿泊費用も無かった)、松本駅の
コンコースで一夜を過ごし、翌朝一番の電車に乗り再び上高地に向かった。

河童橋から大正池までを時間つぶしを兼ねて撮影。前日記憶している場所で撮影時刻まで待機する。
……しかし残念ながら望むような光を得ることは出来なかった。日は雲に閉ざされたままであった。













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by kame-fukusima | 2017-02-01 07:29 | 山と渓







梓川支流・田代池近辺

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この日、田代池を目指したが上質の羽毛のような新雪に阻まれ近づくことが出来なかった。
車道側から見当を付けて入ろうと試みたが、吹きだまりに胸まではまり込みもがくばかり。
足下からは水が湧き出したので慌てて泳ぐようにして這い出た。
田代池の撮影を諦め近辺の樹林を撮影する。

霞沢岳を源とする、いく筋もの伏流水の流れが田代池や梓川を目指して流れて行く。
田代池は大正池と同様、噴火による溶岩や泥流で梓川がせき止められて出来た湿原である。
通常、遊歩道から池の全容を見ることはできず、池から流れ出る清流や草花を感嘆して眺める
ばかりである。核心部に立ち入ることはできない。真冬でも池は凍結しない。

春、朝もやのたなびくなか六百山の方角から朝日が射し込み、露を含んだ草木が逆光により
水の上で銀色に光輝く。息を飲むような美しさである。

秋、霞沢岳を背にし霜の付いた草木に朝日が射し、宝石のような輝きを見せる。
至福の時はそう長くは続かないもの。氷の華は、やがて輝きを失い元の露に返ってしまう。

夢のような時は過ぎ去り、目に写る光景は冬枯れの赤茶けた草木ばかり…










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by kame-fukusima | 2017-01-31 08:48 | 山と渓






焼岳三態



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大正池越しに焼岳を望む。紅葉の時期に訪れて、優しげな風貌の焼岳に挨拶を交わし話しかけるも良し、
田代橋を渡り、少し足を伸ばし焼岳の懐に抱かれ日がな一日梓川や霞沢岳、穂高を眺めるも良し。
見かけの荒々しさに反し、私には優しい一面をみせてくれる山である。

今はおとなしくしているが、活火山であるから用心しなければならない。中腹に休憩によい所
があり、岩の隙間から水蒸気が吹き出している様子が見られる。火砕流が駆け抜けた深い溝を
覗き見ると明治・大正時代の大噴火をうかがい知ることができる。峠には山小屋があり宿泊もできる。

使用したフイルムはコダクロームと思う。カメラはニュー・マミヤシックス









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川の名は梓川。弓の材である梓の産地ということがこの名の由来のようだ。梓は百木の長(王)
ということだがどの木を指すかは諸説ある。キササギともミズメとも言われている。
ちなみに皇太子の“お印”はキササギである。
梓川は、下流では千曲川と名を代える。

冬枯れの樹木越しに焼岳を望んだものである。梓川を吹き抜ける穂高下ろしの風が身を切る
ように冷たい。清々しい眺めであった。
上流には河童橋がある。その付近を撮影したフイルムが見当たらないのでそこまではたどり
着けなかったのかも知れない









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by kame-fukusima | 2017-01-30 08:56 | 山と渓








穂高連峰
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手前の池は大正池である。この風景は、早起きをし天候が良ければ誰でも見ることができる









大正池
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大正池は1915(大正4)年、焼岳が大噴火をおこし、その際に噴出した多量の泥流により梓川がせき止められて
できたそうである。近年、立ち枯れの木は減少し、神秘的な風景は以前ほどは感じとることができなくなった。
季節・天候によっては朝夕の光景は幻想的でさえある。
池に写る山並は、明神岳から前穂高にかけての尾根のようだ






大正池
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焼岳の方角を撮影したものと思う。以前は2千数百本もの立ち枯れた木が水面に林立し、かなりの迫力があったようである。
写真に写る立ち枯れた木は、枝振りから判断するとカラマツのように見える。根元に近い部分が数カ所顔をのぞかせている









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by kame-fukusima | 2017-01-28 08:38 | 山と渓






穂高連峰
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大正池より穂高の山々を望み、夜明けを待つ。朝日が奥穂高、西穂高の峰々を次々に茜色に染めていく。荘厳なひととき…


今から20数年前、年に二三度であるが上高地、涸沢、槍沢、そして西穂高の独標周辺をカメラと三脚を
手にし“逍遥”したものである。山小屋を利用し二泊三日の旅を数年間続けた。いつも一人でのカメラ行脚であった。
本格的な登山の経験はほとんど無かったので無茶はしなかったが、一度だけ黒部川上ノ廊下、下ノ廊下のどちらかを
単独行で行けるところまで行ってみよう、と無謀とも言える計画を練ったことがある。

結果は…計画段階で頓挫してしまった。何故なら、訓練中に左足を骨折してしまい一ヶ月余りギブス生活を余儀なくされ
たからである。もし実行に移していたなら、私の技量からいって遭難していたことだろう。
ギブスを外した翌日(山の季節は紅葉真っ盛りであった)、曲がらぬ左足を引きずり、一脚を杖代わりにし、ザックには
カメラと小型三脚を入れて無謀にも西日本のとある山に撮影に出かけた…

話が横道に逸れてしまった。続きはいずれ機会があれば…
で、この写真は20余年ほど前のものである。年末年始の数日間だけ大正池ホテルが営業していることを知り、バスの終点
の沢渡から徒歩で約4時間掛けてたどり着いた。道中、北風が頬を打ちとても寒い思いをした(梓川沿いは夏でも冷涼な
風が吹き抜け、とりわけ雨の日には草木が揺れ、レリーズを持つ手、被写体を見つめることに神経を使う)。周辺の新雪
は腰くらいまであったが、踏み跡を歩けば何とか歩けた。しかし一歩外れると吹きだまりでは胸まで雪にはまり込んでしまい、
そこから出るのに苦労した覚えがある。

二日間滞在したが積雪で移動が限られたため(かんじきを持参しなかったことを残念に思った)撮影枚数は思いの外少なかった。
この時は6×6版での撮影でフイルムはコダクロームとフジのものをテストがてら同じ場所で使ったように思う。コダクロームは
粒状性に重きをおいて使用したが、その色調は好みでは無かった。意外にも露出に失敗したものにまま面白い出来のものがあったが。
私の使用カメラについて今まで表記しなかったが(カメラ、レンズ、フィルムには特別な思い入れは無く、撮影データーにも全く
と言ってよいほど無頓着であった)、いずれ興味を持つ方が現れるかも知れないので簡単ではあるが書いておくことにする(興味の
無い方はスルーして下さい)。

カメラ  ニュー・マミヤシックス
     ゼンザブロニカ(6×7)
     ニコン ・New FM2
     ニコン・D3300
     アサヒペンタックス・Optio s

レンズ  手頃な焦点距離と手頃な価格のもの数本
     (ツッコミはご遠慮ください)

フィルム コダック エクタクローム64
          コダクローム64
          トライX400
          TMAX400
     フジ   RvP100
          ベルビア50
          ネオパンss

フイルムスキャナー エプソンGT-X970

こんなところです。カメラとレンズはほとんどが中古品であります。


これより数回に渡り冬季の大正池周辺・梓川近辺の風景をお届けします。







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by kame-fukusima | 2017-01-26 20:38 | 山と渓

大台ヶ原




熊野灘黎明ー 大台ヶ原より

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by kame-fukusima | 2016-12-31 14:31 | 山と渓

京都 北山




佐々里峠夕景

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by kame-fukusima | 2016-12-30 06:15 | 山と渓