大台ヶ原




熊野灘黎明ー 大台ヶ原より

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by kame-fukusima | 2016-12-31 14:31 | 山と渓

京都 北山




佐々里峠夕景

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by kame-fukusima | 2016-12-30 06:15 | 山と渓

山上ヶ岳




大和 山上ヶ岳黎明

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by kame-fukusima | 2016-12-29 06:14 | 山と渓

北八ヶ岳




白駒池 黎明

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by kame-fukusima | 2016-12-28 06:13 | 山と渓

北八ヶ岳




縞枯山

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by kame-fukusima | 2016-12-27 06:12 | 山と渓

黒部川源流にて




黒部川源流の山々

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by kame-fukusima | 2016-12-26 06:11 | 山と渓

上高地




穂高連峰

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by kame-fukusima | 2016-12-25 06:10 | 山と渓

津軽紀行





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by kame-fukusima | 2016-12-24 21:14 | 津軽紀行

京都 冬の旅ー補遺2



「 現代建築の根底をなすものは、材料の簡素、明確、清純であるが、
これは実に日本の古典的建築が持っているところのものと、
同じ特性である 」

ブルーノ・タウト著『ニッポン』より抜粋

“京都冬の旅”もこれで最終回です。退屈な写真にお付き合いいただいた皆さんに感謝します。
今から30年ほど前、一度日本を見つめてみようと思い立ち、先ずは色いろな本を読んだものです。
その中に、ブルーノ・タウトの数冊の本、侘び寂びに関する本、そして日本の古典文学がありました。
脈絡もなく種々雑多な本を読んだものです。『源氏物語』以外は面白く読めました。

それらがわたしの撮影した写真に少しばかり影響を与えたことは間違いないことと思う。
タウトは今でもよく読み返します。しかし、言っていることと実際に設計に携わった家を見ると
その差に驚きを隠せません。タウトと雖もやはり施主の意向は無視出来なかったのだろうか。
タウトは桂離宮を訪れ、彼の建築美学と共通するものがあると感じたのか大絶賛しています。
片や戦争写真家であるロバート・キャパには、桂離宮を見ても何の感慨も得られないように見えたとか。

真実のほどは知りませんが、桂離宮築造に関わったと伝えられる小堀遠州は、
1.建築依頼主は竣工前に建築を見ないこと。
2.竣工の期日を限定せぬこと。
3.費用を制限せぬこと。
と三つの条件を出したそうです。

まったくもって無理なことを言ったものです。
かく言うわたしは一度も桂離宮を拝観したことはありません。
40年前の改修工事の際に仕事で行ったきりです。
そろそろ訪ねてみてもいい頃合いかな、と思っています。


さて、いまの時代に小堀遠州は現れるのだろうか。






蹴上げ浄水場 第一髙区配水池流入弁室

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急速ろ過器を備えた蹴上げ浄水場は1912年に稼働。この建物の下には配水池があり、
高低差を利用し京都市内に飲料水を送っている。
西洋の城塞風で面白い意匠である。銃眼らしき所から水質を監視していたのかも知れない。
うれしいことに現在でもこの建物は健在である。設計者は不明







蹴上げ浄水場 第一高区配水池流入弁室

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この流入弁室は流出弁室とともに2007年に近代化産業遺産の認定を受けている。
昨年から浄水場改良工事に伴い曳家工事で移動したとのこと。
重量は600トンある。南側にある流出弁室もレンガ造りの重厚な建物で見応えがある









京都大学 旧京都織物会社

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1889年竣工。現在は京都大学東南アジア研究所図書館になっている。
稲森記念館の陰になり、川端通りからは見えなくなってしまった。






京都大学 旧京都織物会社

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衰退した京都の産業復興を目指し、渋沢栄一などが核になり設立。
いち早く蒸気機関を利用していたという。
ジャガード織機が稼働し紋織りなどを織っていたようである。
渋沢栄一は萬屋主義および合本主義を主唱し岩崎彌太郎とはよく論争したそうである









京都大学 旧京都織物会社

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監獄のように頑丈な造りである。設計は太成建設の前身であるとか。
京都大学吉田地区南構内にある旧制三高の寮は、ここにあった建物を移築したものと聞き及んでいる











京都国立博物館正門

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1895年竣工
 「現在は特別展覧会に使用される煉瓦造りの本館が創立当初の陳列館で、
本館の前方にある正門(西門)、それから七条通りに面した南門に続く塀も、その時建設されました。
宮内省内匠寮の技師であった片山東熊が率いる建設技官や大工に加え、
京都をはじめ近畿圏と東京から石工・煉瓦積・瓦葺・左官・鋳工等、
様々の工匠を結集して工事が行なわれたことが、棟札に銘記されています」・・・広報より抜粋










京都国立博物館正門
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京都国立博物館 構内西塀

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門衛室にでも利用されていたのだろうか。
京博ではここから南にかけて好きな場所である。
秋は特に雰囲気が良い










京都国立博物館 構内西塀


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付近に木立がありくつろげる。ここまで来る人はまれである











三条通り界隈

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三条通り 中京郵便局

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第一勧業銀行京都支店

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第一勧業銀行京都支店(当初は第一銀行)は1906年(明治39年)に竣工。
 設計は辰野葛西建築事務所(東京駅、日本銀行本店などを設計した辰野金吾の流れを組む)











三条通り界隈

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三条通り界隈

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同志社大学

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相国寺に向かうときはいつもこの門の前を通る










同志社大学

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京都ハリストス正教会

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 生神女福音大聖堂は1901年竣工。設計は京都府庁旧本館
(1904年竣工。国指定重要文化財)を手がけた松室重光氏。 
 聖堂内のイコン画が素晴らしいという。山下りんのイコン画もある。
得たいの知れない“物体”が屋根付近に浮遊しているように見える。
フイルム現像、定着、水洗、乾燥、保存、いずれかが不十分だったのであろう








京都ハリストス正教会

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神田駿河台のニコライ堂も同じ宗派の建物である








蹴上げインクライン

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船架台の上に船のあるのが見える。
テレビ番組の“ブラタモリ”でもこの場所が紹介されていたことを覚えている方も居られるだろう。
このレールはイギリスのバーロウ社が1887年(明治20年)に製造した日本で最も古い
鋼製75ポンドレールであり、歴史的遺産とのこと









賀茂大橋

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1931年竣工。設計は京都大学時計台と同じ武田五一氏。
上方に垣間見える石造りの高欄が古風である





ゆく河の流れは絶えずして、
しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、
かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。
世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。

・・・『方丈記』冒頭より引用













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by kame-fukusima | 2016-12-18 21:01 | 京都の近代建築

閑話 その壱


長珍と黄瀬戸・・・そしてジャンゴ・ラインハルト


長珍というお酒がある。旨口のお酒らしい。また新聞紙シリーズというものがあるらしい。
なにやら怪しげな匂いがする。酒好きのわたしとしては、死ぬまでに一度は飲んでみたいと思っていた。
欲すれば何とやら・・・骨董品と同じである。欲求が無ければ出会いも無いのである




長珍生々熟成5055

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ここ一年ほど長珍をよく飲んだ。う~ん旨い、と口には出さずとも顔に出るらしい。
旨口のお酒なので飲めない御仁もいると思う。濃醇さが苦手の方も居られよう。
でもでもわたしは、何杯でも飲みたい・・・と思うがそう上手くはいかないのである。
ふだんは “ 阿波山田65 ”を飲んでいる。年に一度“生々熟成5055”というお酒が出る。
ヘンナ名前だがまっとうなお酒である。待ち遠しかった。
一年ぶりに愛しい我が子に会ったような気持ちとでも言おうか。
お酒を飲まない御仁には理解不能な気持ちと思う。

とろ~りとして旨いのである。昨年は一本しか手に入らなかった。で、今年は
がんばって二本分けてもらった(酒屋のオヤジに拝み倒して)。ところがである。
昨年のとろ~りが無い、どこを探しても見当たらない・・・
では、不味いのかと問われたなら、イヤ旨いよと答えてしまう。

開栓一日目・・・甘いなぁ、麹の匂いが鼻に抜け独特の味わいが舌の上にころがる。
おっ、続いて辛みと苦みの連続パンチだ。
う~む・・・明日に期待しよう・・・
三日目・・・すこし硬さが取れてきたかな。甘みが後退し辛み、苦み、酸味が勝ってきたなぁ。
五日目・・・だいぶ良くなってきたなぁ。お米の旨みに続いて辛み、苦み、そして出しゃばらない酸味。
七日目・・・良くなってきたと思ったらもうお終いだ。残念。
残りの一本は、もう少し冷蔵庫で寝かせてから飲もう。

※30日後に二本目を開けたところ、僅かな期間で熟成が思った以上に進んでいました。
  より旨みが増し、切れもよくなっており、ぬる燗で飲めばとろり感が出てより美味しく
飲むことが出来ました。冷やして飲むより燗をするほうが体に負担を掛けずお薦めです。






黄瀬戸と九谷
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片口は“黄瀬戸”である。数年前、岐阜のギャラリーで長い間売れずに残っていたものを
譲り受けた。堀 一郎氏の作である。猪口は九谷の須田青華窯のもの。

昨夜、晩酌の時に撮影しようとしたが、あまりに生活感が出すぎたので
改めて今日の昼に撮影したもの。日付が出ているのはご愛敬ということで・・・



ジャンゴ・ラインハルト

ここ一ヶ月間、ターンテーブルの上には『ジャンゴロジー』という
モノーラルレコードが乗っている。気に入ったレコードがあると
入れ替えたりせずに半年間は同じレコードを聴く。そんな習慣が出来てしまった。
単にレコードを載せ替えるのが面倒なのかも知れない。

お酒を飲みながらジャンゴを聴く。“マイナー・スイング” “ラ・メール”
と続けて聴きすすむ。哀愁を帯びたギターとバイオリンの音が胸に深く突き刺さる。
切ないほど痛い。
しかし絶望感とはほど遠いメロディーとリズムだ。ここには流浪の民の悲哀は感じられない。
大ベテランの風格が漂う演奏が聴ける。躍動感あふれるギターの弦の音が力強く、弦の太さが見えるようだ。
ステファン・グラッペリも若さ溢れる気合いの入った演奏である。ピアノのジャンノ・サフレもスイングしている。
真剣勝負をしているのか、互いに切磋琢磨しているクラブの様子が目に見えるようだ。
芳しい香りの漂ってくるような見事な演奏だ。

だが、いっとき陰りが見える、そう思える時間が漂う。またあるときは仄暗い空間の中に希望の光芒が見える。
朝の来ない夜はない、ということだろうか。
若い頃はジャンゴのギターよりステファン・グラッペリのバイオリンに惹かれた。
今ではどういう訳かグラッペリの存在が耳から遠ざかり、ギターの音に耳が行っている。
ジャンゴの前にはジャンゴはいない。

ジャンゴのレコード再生は意外と難しいものだ。以前、安価なレコードプレーヤーと
手頃な値段のカートリッジで音楽を聴いていた。あの頃のジャンゴの音を再び聞きたいと思っても
あの音は二度と甦らない。




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by kame-fukusima | 2016-12-11 20:03 | 酒と音楽