閑話 その壱


長珍と黄瀬戸・・・そしてジャンゴ・ラインハルト


長珍というお酒がある。旨口のお酒らしい。また新聞紙シリーズというものがあるらしい。
なにやら怪しげな匂いがする。酒好きのわたしとしては、死ぬまでに一度は飲んでみたいと思っていた。
欲すれば何とやら・・・骨董品と同じである。欲求が無ければ出会いも無いのである




長珍生々熟成5055

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ここ一年ほど長珍をよく飲んだ。う~ん旨い、と口には出さずとも顔に出るらしい。
旨口のお酒なので飲めない御仁もいると思う。濃醇さが苦手の方も居られよう。
でもでもわたしは、何杯でも飲みたい・・・と思うがそう上手くはいかないのである。
ふだんは “ 阿波山田65 ”を飲んでいる。年に一度“生々熟成5055”というお酒が出る。
ヘンナ名前だがまっとうなお酒である。待ち遠しかった。
一年ぶりに愛しい我が子に会ったような気持ちとでも言おうか。
お酒を飲まない御仁には理解不能な気持ちと思う。

とろ~りとして旨いのである。昨年は一本しか手に入らなかった。で、今年は
がんばって二本分けてもらった(酒屋のオヤジに拝み倒して)。ところがである。
昨年のとろ~りが無い、どこを探しても見当たらない・・・
では、不味いのかと問われたなら、イヤ旨いよと答えてしまう。

開栓一日目・・・甘いなぁ、麹の匂いが鼻に抜け独特の味わいが舌の上にころがる。
おっ、続いて辛みと苦みの連続パンチだ。
う~む・・・明日に期待しよう・・・
三日目・・・すこし硬さが取れてきたかな。甘みが後退し辛み、苦み、酸味が勝ってきたなぁ。
五日目・・・だいぶ良くなってきたなぁ。お米の旨みに続いて辛み、苦み、そして出しゃばらない酸味。
七日目・・・良くなってきたと思ったらもうお終いだ。残念。
残りの一本は、もう少し冷蔵庫で寝かせてから飲もう。

※30日後に二本目を開けたところ、僅かな期間で熟成が思った以上に進んでいました。
  より旨みが増し、切れもよくなっており、ぬる燗で飲めばとろり感が出てより美味しく
飲むことが出来ました。冷やして飲むより燗をするほうが体に負担を掛けずお薦めです。






黄瀬戸と九谷
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片口は“黄瀬戸”である。数年前、岐阜のギャラリーで長い間売れずに残っていたものを
譲り受けた。堀 一郎氏の作である。猪口は九谷の須田青華窯のもの。

昨夜、晩酌の時に撮影しようとしたが、あまりに生活感が出すぎたので
改めて今日の昼に撮影したもの。日付が出ているのはご愛敬ということで・・・



ジャンゴ・ラインハルト

ここ一ヶ月間、ターンテーブルの上には『ジャンゴロジー』という
モノーラルレコードが乗っている。気に入ったレコードがあると
入れ替えたりせずに半年間は同じレコードを聴く。そんな習慣が出来てしまった。
単にレコードを載せ替えるのが面倒なのかも知れない。

お酒を飲みながらジャンゴを聴く。“マイナー・スイング” “ラ・メール”
と続けて聴きすすむ。哀愁を帯びたギターとバイオリンの音が胸に深く突き刺さる。
切ないほど痛い。
しかし絶望感とはほど遠いメロディーとリズムだ。ここには流浪の民の悲哀は感じられない。
大ベテランの風格が漂う演奏が聴ける。躍動感あふれるギターの弦の音が力強く、弦の太さが見えるようだ。
ステファン・グラッペリも若さ溢れる気合いの入った演奏である。ピアノのジャンノ・サフレもスイングしている。
真剣勝負をしているのか、互いに切磋琢磨しているクラブの様子が目に見えるようだ。
芳しい香りの漂ってくるような見事な演奏だ。

だが、いっとき陰りが見える、そう思える時間が漂う。またあるときは仄暗い空間の中に希望の光芒が見える。
朝の来ない夜はない、ということだろうか。
若い頃はジャンゴのギターよりステファン・グラッペリのバイオリンに惹かれた。
今ではどういう訳かグラッペリの存在が耳から遠ざかり、ギターの音に耳が行っている。
ジャンゴの前にはジャンゴはいない。

ジャンゴのレコード再生は意外と難しいものだ。以前、安価なレコードプレーヤーと
手頃な値段のカートリッジで音楽を聴いていた。あの頃のジャンゴの音を再び聞きたいと思っても
あの音は二度と甦らない。




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# by kame-fukusima | 2016-12-11 20:03 | 酒と音楽