洛中洛外点描 学習塾



休み時間

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撮影年:2010

学習塾の前で・・・「おっちゃん、新聞に載せるんか?」とVサイン



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# by kame-fukusima | 2018-01-13 14:11 | 洛中洛外

洛中洛外点描 長屋



人の住まぬ長屋

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撮影年:2017

「大文字山」からの帰り道、視線を感じたもので・・・


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# by kame-fukusima | 2018-01-12 18:07 | 洛中洛外

洛中洛外点描 石仏



石 仏

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撮影年:2017

※モノクローム写真を中心としたブログを準備中です。
「洛中洛外点描」は、当分のあいだ日めくりで投稿します。
範囲は京都に限りません


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# by kame-fukusima | 2018-01-11 23:59 | 洛中洛外

まるめろ




袰月(ほろづき)という土地の名を知ったのは、詩集『まるめろ』を読んだ
ことによる。
詩集は神田の古書店で写真集『にっぽん劇場写真帖』とともに買い求めた。
写真集は写真家・森山大道氏のサイン入り初版本であったが、とうの昔に友人
に上げてしまった。いまではこの写真集は相当に値上がり(100倍!)をして
いて、高値で取引されているようである(まるで合鹿椀ではないか)。惜しい
ことをしたものである。後に知ったのだが、撮影された街は、奇しくも私の母
が80年前に青春時代を過した街でもあった。

で、肝心の詩集の話だが、こちらの方は未だに所有していて、ソノシート
が巻末に付いているのでたまには聴いている。方言詩なので作者の声を聴か
ないと多くの情報が伝わってこないのである。『まるめろ』の作者は高木恭造
氏である。さだまさしが父のように慕っていた人であるが、故人となって
しまった。
詩集を読み(聴き)、一度は袰月を訪ねてみたいと思っていた。




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袰月へは、津軽半島最北端の駅、三厩(みんまや)から海沿いの雪道を
二時間は歩いたであろうか。集落は北に津軽海峡、道路をはさんで南側
には山肌にへばり付くように家が立ち並んでいた。詩集で読んだとおり
日当たりは悪そうであった。よりによって何故このような土地に住むこと
を選んだのであろうか。
集落の入口でお年寄りが歩いてくるのに出会った。集落を往復してもこの
方にしか出会わず、侘びしいところという印象が強く残った。



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陽コあだネ村

  ――津軽半島袰月村で


この村サ一度だて

陽コあだたごとあるガジャ


家の土台コアみんな潮虫ネ嚙れでまてナ

後ア塞がた高ゲ山ネかて潰されで海サのめくるえンたでバナ

見ナガ

あの向の陽コあだてる松前の山コ

あの綺麗だだ光コア一度だて

俺等の村さあだたごとあるガジャ


・・・高木恭造『まるめろ』より一部抜粋

※この方言詩はYouTubeでも聴けるとか


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asahi pentax sl
super-takumar f1.8/55mm
撮影年:1970年代



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# by kame-fukusima | 2018-01-10 21:03 | 旅行記

津 軽



津軽出身の小説家に太宰治という名の人がいたことはご存じかと思う。
津軽平野のほぼ中央部、金木町(いまは五所川原市)の資産家の出で
あった。本名は津島修治、『人間失格』という小説で世間には知られて
いる。『津軽』という紀行文も書き、小説とちがいとても読みやすい。

太宰の主な小説は十代半ばに読んではいたが、陰鬱な印象ばかりが残っ
て好きにはなれなかった。だが『津軽』だけは例外である。太宰治の
サービス精神にあふれていて、津軽の人間にありがちな自虐精神(?)
満載で笑ってしまう個所がいくつもあった。こんなに面白い紀行文は
貴重な存在である。



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「二時間ほど歩いた頃から、あたりの風景は何だか異様に凄くなってきた。
悽愴とでもいう感じである。それは、もはや、風景でなかった。風景という
ものは、永い年月、いろんな人から眺められ形容せられ、謂わば、人間の眼
で舐められて軟化し人間に飼われてなついてしまって、・・・
人間の表情が発見せられるものだが、この本州北端の海岸は、てんで、風景
にも何も、なってやしない。・・・
絵にも歌にもなりやしない。ただ岩石と水である。



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もう少しだ。私たちは腰を曲げて烈風に抗し、小走りに走るようにして
竜飛に向って突進した。路がいよいよ狭くなったと思っているうちに、
不意に鶏小舎に頭を突っ込んだ。一瞬、私は何が何やら、わけがわからなかった。



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「竜飛だ」とN君が、変った調子で言った。
「ここが?」落ちついて見廻すと、鶏小舎と感じたのが、すなわち竜飛
の部落なのである。凶暴の風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまり
になって互いに庇護し合って立っているのである。



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ここは本州の極地である。この部落を過ぎて路はない。あとは海にころげ
落ちるばかりだ。路が全く絶えているのである。ここは、本州の袋小路だ。
読者も銘記せよ。諸君が北に向って歩いている時、その路をどこまでも、
さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ
狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に
落ち込み、そこに於いて諸君の路は尽きるのである。」
・・・太宰治『津軽』より引用

asahi pentax sl
super-takumar f1.8/55mm
撮影年:1970年代



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# by kame-fukusima | 2018-01-09 20:49 | 旅行記

京都と各地で見かけた光景を投稿します。リンクは自由です。


by kame-fukushima