おいけにわ
御池庭入口

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おいけにわ・けやきばし
御池庭・欅橋

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この右奥に御舟宿(和舟の格納庫)がある










御池庭

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豊臣秀吉の五奉行のひとり、前田玄以の作庭と伝わる









御池庭舟着・欅橋

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ごないてい・どばし
御内庭・土橋

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右端に献上品の朽木灯籠が見える。あちらこちらに灯籠が点在し清水焼の灯籠(三代清水六兵衛作)もあるという









御内庭・土橋

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橋を渡ると茶室錦台(きんたい)がある











                                御内庭

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御内庭

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     じしんでん
御内庭・地震殿

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地震殿:地震の際避難する柿葺き数寄屋造りの建物。屋根は軽く地震に強い造りという。
地震殿北側には茶室聴雪(ちょうせつ)などがある。残念ながら北側の施設 “奥の院” は非公開

撮影:2015.4
camera:pentax optio s







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by kame-fukusima | 2017-03-19 06:57 | 京都御所




衰えたる末の世とはいへど、なほ九重の神さびたる有様こそ、世づかず、めでたきものなれ。
露台・朝がれひ・何殿・何門などは、いみじとも聞ゆべし。あやしの所にもありぬべき小蔀・
小板敷・高遣戸なども、めでたくこそ聞ゆれ。

…徒然草第二十三段


承明門(Jomeimon Gate)
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紫宸殿・左近の桜(Shishinden・ Cerry Tree)

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紫宸殿(Shishinden)

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春興殿(Shunkoden)

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平安京の春興殿は武具などの格納に用いられ、鎌倉末期から神器が奉安されるようになる。現在の春興殿は大正天皇の即位礼に建てられたもの







清涼殿(Seiryoden)

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天皇の日常生活の場が清涼殿、建物の構造は紫宸殿と同じく入母屋桧皮葺きの寝殿造り。床が低く間仕切りが多い点で住居に適するように工夫されている。
時代が下り御常御殿ができると清涼殿も儀式用の御殿になったという(写真は通年公開のもの)








清涼殿東側の回廊(Corrdor)

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清涼殿東側の回廊(Corrdor)

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御常御殿(Otunegoten)

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御常御殿(Otunegoten)

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御常御殿(Otunegoten)

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紫宸殿北東側階段(Stairs)

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紫宸殿には四角に木階があるがそのうちのひとつ










宜陽殿・錠前(Padlock)

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龍泉門-御涼所(Ryusen-mon Gate)

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御涼所(おすずみしょ):京の暑さを涼しく過ごすため、風通しに工夫を凝らした書院造り風の御殿。
東側には龍泉の庭がある。渡廊(わたろう)で結ばれた茶室聴雪(ちょうせつ)へも通じている










御学門所(Ogakumonjo)

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撮影:2015.4
camera:pentax optio s

京都御所の変遷
794年(延暦13年)、桓武天皇により定められた平安京の内裏(皇居)は現在の京都御所から約2kmほど西にありました。しかし、度重なる内裏の焼失により、主に摂関家の邸宅を一時的に皇居とする里内裏が置かれるようになり、1227年(安貞元年)の火災以後は、元の位置に内裏が再建されることはありませんでした。
現在の京都御所は、里内裏のひとつであった東洞院土御門殿に由来するもので1331年(元弘元年)、光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものです。1392年(明徳3年)の南北朝合一によって名実ともに皇居に定まり、明治に至るまでの500年もの間天皇の住まいでした。豊臣秀吉や徳川の時代になると、御所周辺には宮家や公家たちの屋敷が集められ、何度も大火に見舞われながらも明治初期の東京遷都まで、大小200もの屋敷がたちならぶ公家町が形成されていました。
                                                                                    …環境省ホームページより引用

平成28年より通年公開されたことにより、春秋の一般公開は無くなったように見受けられます。春秋の一般公開は紫宸殿を周回することができ、また書院造りおよび寝殿造り、趣味の良い障壁画を垣間見ることができ往時の宮中の生活を知ることが出来ました。通年公開により周回コースが短くなったことが少し残念な気がします





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by kame-fukusima | 2017-03-18 07:41 | 京都御所