戒 壇

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金堂の西にある戒壇は僧の授戒が行われる場所である。地震や火災により戒壇堂を失うが、
昭和53年に石造の戒壇の最上段にストゥーパが築かれて現在の姿になった。
天平宝字三年(759)戒律の専修道場として律宗総本山唐招提寺が創建された。

戒を授かり僧となるには、三人の師と七人の証人の僧の下で戒律を理解し守ることを誓い、
戒を受けて初めて国家承認の僧侶として認められるという。









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門よりストゥーパを望む








開山堂(平成の御影像奉安所)

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開山堂は、国宝の和上像が御影堂へ移されたのち、年間数日しか開扉しない和上像に代り、
毎日参拝していただく目的で「御身代わり像」が制作され安置されている。階段左側には芭蕉の句碑がある。







松尾芭蕉句碑

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若葉して おん目のしずく ぬぐはばや

かつて開山堂に和上の御像を拝したときの句である。








鑑真和上御廟入口

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奥にわずかに見える門は東門。門を出ると秋篠川が北から南へ流れている。








参 道

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参道の両側には苔庭が広がり、悠久の時を感ずることができる。









御廟(御廟北側より撮影)

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    日本仏教界の戒律の乱れを正すため聖武天皇が鑑真和上を招聘、受戒戒律のことはひとえに和上にまかされた。
    それをこころよく思わない我が国の僧や貴族もいたであろう。それに対しては、六度目の渡航に成功したように
    不撓不屈の精神で臨んだのに違いない。
    和上とその弟子たちの日本へ寄与した影響は小さくはない。
    享年七十六歳 天平宝字七年(763)五月六日示寂 












                               金 堂

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写真をクリックすると御利益があります109.png









     今の内裏作り出されて、有職の人々に見せられけるに、いづくも難なしとて、すでに遷幸の日ちかくなりけるに、

     玄輝門院御覧じて、「閑院殿の櫛形の穴は、まろく、縁もなくてぞありし」と仰せられける、いみじかりけり。

     『徒然草』第三十三段より






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by kame-fukusima | 2017-08-01 11:31 | 古寺巡礼






                               金 堂

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       金堂の石段の上に登って、扉の一つに近づいた。西日が丁度その古い扉の上にあたっている。
       そしてそこには殆ど色の褪めてしまった何かの花の大きな文様が五つ六つばかり妙にくっきりと
       浮かび出ている。そんな花文のそこに残っていることを知ったのはその時がはじめてだった。
       『大和路・信濃路』より 堀 辰雄著

       この本を読むまでは扉に花文があることを知らなかった。よほど注意していないと見落とす。







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  中央に本尊の盧舎那仏座像、左右に千手観音・薬師如来の巨大な立像。これらをめぐって梵天・帝釈天・四天王立像の御法神がある。
  堂内上方に描かれた飛天、菩薩やほかの彩色文様が天平の雰囲気をかもし出している。壮観な意匠に圧倒される。
 「仏像は語るべきものではなく、拝むものだ」というが、どういうわけか、私にはこの寺の仏像にはさほど心をひかれなかった。
  きっと信仰心が足りないせいだろう。









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扉の外側に華文様が描かれている。天平のまぼろしか・・・






組 物

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金堂板扉

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丸い凸部は釘隠と思われる。







連子窓(正面)

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金堂東側面

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 連子窓が三箇所ある。








金堂(裏側)

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                             連子窓と扉のみ




諒闇(りょうあん)の年ばかりあはれなる事はあらじ。

倚廬(いろ)の御所のさまなど、板敷を下げ、葦の御簾を掛けて、布の帽額(もかう)あらあらしく、

御調度どもおろそかに、皆人の装束、太刀・平緒まで、ことやうなるぞゆゆしき。

  諒闇:天皇が父母またはこれに準ずる人の喪に服する期間
  倚廬の御所:諒闇の初めに天皇が籠られる仮の御所


         :諒闇の年ほど、感慨深いことはあるまい。
          倚廬の御所のさまなどは特にそうである。板敷を低く造り、葦の御簾を掛け、布の帽額はそまつで、
          道具類も質素で、人々の装束、太刀・平緒までいつもと違っているのは、重々しい感じがする。
          『徒然草』第二十八段





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by kame-fukusima | 2017-07-27 05:00 | 古寺巡礼





大海を思わせるような大きい軒端の線のうねり方、― 特にそれを斜め横から見上げた時の力強い感じ、― そこにはこの堂を
はじめて見るのでないわたくしにとっても全然新しい美が感ぜられたのである。
・・・・・・軒端の線が両端に至ってかすかに上に湾曲しているあの曲がり具合一つにも、屋根の重さと柱の力との間の安定した
釣り合いを表現する有力な契機がひそんでいる。天平以後のどの時代にも、これだけ微妙な曲線は造れなかった。
そこに働いているのはすぐれた芸術家の直感であって、手軽に模倣を許すような型にはまった工匠の技術ではない。
『古寺巡礼』唐招提寺金堂より 和辻哲郎著





                            金堂(国宝)

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天平時代の金堂と講堂が現存するのは唐招提寺だけである。













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奈良時代(8世紀後半) 寄棟造・本瓦葺













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唐招提寺を訪れるのは今回が二度目である。一度目は六七年前、年の暮れも迫る寒い日であったように思う。
長年の願いが適い、南大門を入ると金堂が優しく迎えてくれたように感じたものである。人影もまばらであった。
今回は主に写真撮影が目的だったので、参拝もそこそこに鞄からカメラを出し撮影を始めたのはよいが、いささか興奮
気味なのと被写体に圧倒されてサッパリ構図が決まらない。境内を二巡り三巡りしたあたりから漸く落着きを取戻し、
撮影に没頭することができた(天平期の建造物おそるべし)。

前回は、コンパクトデジカメを用いて気負いもなく二三十枚は撮影しただろうか。
今回は、同様にコンデジとボディにダメージのあるd3300にオールドレンズ(Ai2.8/24)を試してみた。
オールドレンズ(とはいってもは40年前のものか)の絞りをf8、被写界深度は遠景用に深めにしてテープで固定。
露出は撮影後の液晶画面を見て手動で適当に・・・
その結果分ったことは、天気の良い日は期待以上の写りだが、曇りや雨の日にはボヤッとした写りで入門機には
使いこなしが難しいと判断せざるを得なかった。色味はアンバーがやや強めに出るように思う(参考までに)。












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西側面

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東側面

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御国(みくに)ゆづりの節会おこなはれて、剣璽・内侍所(けんじ・ないしどころ)わたし奉らるるほどこそ、限りなう心ぼそけれ。
新院のおりさせ給いひての春、詠ませ給ひけるとかや、
殿守(とのもり)のとものみやつこよそにしてはらはぬ庭に花ぞ散りしく
今の世のことしげきにまぎれて、院には参る人もなきぞさびしげなる。
かかる折りにぞ、人の心もあらはれぬべき。
『徒然草』第二十七段

        :御譲位の節会が行われて、剣・璽・鏡の三種の神器をお渡し申し上げる折は、このうえなくさびしいものである。
         新院が位をお退きになった年の春、次のようにお詠みになったという。
         主殿寮の役人たちが、無視して掃除をしないこの御所の庭に、落花が一面に散り敷いている。
         新しい世の政務が忙しいのにまぎれて、新院の御所には参る人もないのが、いかにもさびしい感じである。
         このような時に、人の心の深浅が現れるはずである。






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by kame-fukusima | 2017-07-26 05:00 | 古寺巡礼






唐招提寺の金堂を訪れた人は、誰しもその見事な円柱に心をとめるであろう。

円柱が全姿をあらわに並列しているのは、大和古寺のなかでもこの寺以外にはない。

『大和古寺風物詩』より。亀井勝一郎著




金堂円柱

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金堂(国宝)

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       風も吹きあえずうつろふ人の心のはなに、

       なれにし年月を思へば、

       あはれと聞きし言の葉ごとにわすれぬものから、

       我が世の他になりゆくならひこそ、

       亡き人の別れよりもまさりて悲しきものなれ。

       『徒然草』第二十六段より

               :風に吹かれてうつろう桜の花よりも、人の心はなおもはかないという。
                その人の心を信じて愛をかわしていた日々を思うにつけ、しみじみとした気持ちで聞いた、
                いとしい人の言葉はどれも忘れられない。
                が、そのような相手もやがて自分とは別の世界の人になってゆくのが世のならわしである。
                それは、人との死別にもまさって悲しいものである。







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by kame-fukusima | 2017-07-25 05:50 | 古寺巡礼