タグ:京都御苑 ( 14 ) タグの人気記事






晩秋の一日、とはいっても昨日のことだが、散歩がてら木島櫻谷展を見に
東山の会場へ足を運んだ。
ついでにカメラとオールドレンズのテストを兼ねて道々撮影をしてみよう、
と思い立ったのである。
初っぱなから京都御苑で時間を食ってしまった。まだまだ紅葉が楽しめたのである。
これは嬉しい誤算である。
逆光に輝くエノキの黄葉が目に眩しい。
これまたついでに、画面に太陽入れて“幽霊”が出るか試してみた。
同時代のレンズとコーティング
が違うなとは思っていたが、まずまずの結果である。
※(ai 35mm,f2.0 s d5500)
・・・・・・
いつもの夷川ダムである。
朝っぱらから撮影するのは初めてかもしれない。
街中に三つの水力発電所のあることを、京都市民でさえ知っている者は
少ないのではないだろうか。
この辺は桜の名所でもある。
暮れなずむ時間帯、琵琶湖疎水を前に、夕日を背に桜並木を眺める
ひとときは至福の時間である。
知っている人は、知っている場所である^^;
・・・・・・
疎水べりになじみの家がある(有形文化財になっていたような)。
いつも前を通るたびにカメラのレリーズに指がかかる場所である。
空屋だとばかり思っていたが、表札が掛っていた。窓にはカーテンも。
これはまずいな、撮影をしていると不審者と間違えられそうだ。
実は、数十年前から京都の民家を撮り続けているのだ。
いずれこの町並み、この家も茅葺きの家同様に無くなってしまうだろう、
と思い撮っているのであるが、どこで発表しようか迷っている。

・・・・・・
「木島櫻谷展」である。
以前に見ている屏風が気になり、もう一度見てみたいという欲求が現れた。
それはNHKの美術番組の影響であった。
会場は「泉屋博古館」という。若い頃は“いずみやはくこかん“
と間違って読んでいた^^;
正しくは、「せんおくはくこかん」である。
青銅器のコレクションで有名な、住友コレクションが常設展示されている。
・・・・・・
『寒月』! これだけは是非とも見ておきたい。
櫻谷は実に自然をよく観察している。
雪の積もった人里近くの夜の竹林。雪の重みで折れた竹があることから既に
厳冬期は通り越し雪解けが始まっている。竹の周りは少しだけ窪んでいる。
このくぼみは、春先に積雪の山を歩いていると見かけるものだ。
日の光を浴びた幹の熱が雪に伝わり溶かしていることを表している。
飢えた狐の足跡が雪上に点々と存在する。なんの足跡か・・・
狐の目はそれまでの櫻谷の描く動物の目とはまったく違う。
鋭い目つきであたりを睥睨している。この狼の姿は壮年期の孤独な櫻谷のように見える。
どこからでも掛かってきなさい、と挑むかのようである。
・・・・・・
漱石先生はこの作品を酷評したという。
あの世でも未だに酷評しているのだろうか・・・

※いつもの妄想なので無視してください

・・・・・・

京都御苑

f0374885_06212974.jpg









f0374885_06225448.jpg







f0374885_06231231.jpg







f0374885_06232990.jpg







f0374885_06234520.jpg







f0374885_06240171.jpg







f0374885_06241922.jpg





夷川ダム

f0374885_06243846.jpg







f0374885_06245490.jpg







f0374885_06251363.jpg






民 家







泉屋博古館

f0374885_06255031.jpg







f0374885_06260850.jpg







f0374885_06262309.jpg







f0374885_06264036.jpg

当日の万歩計歩数:17544歩

40年前のニッコールレンズ、侮れません



色とりどりの秋!お気に入りの紅葉ショット!with ことりっぷ#紅葉と実り


[PR]
by kame-fukusima | 2017-11-29 08:11 | 洛中洛外点描
by kame-fukusima | 2017-11-15 14:54 | 京都御苑






閑院宮邸跡

東門

f0374885_20245180.jpg

寺院の門を思わせるような威厳を備えている






千鳥破風を構えた車寄せ

f0374885_20251136.jpg


京都御苑西南角に位置する閑院宮邸跡は、江戸時代から続いた宮家の屋敷跡です。
収納展示室では、京都御苑の自然と歴史について写真や絵図・出土品等の展示や
解説を行っています(入館無料)…ホームページより引用







南棟

f0374885_20255363.jpg


玄関を入ると左右に書院造りの建物がある。
北棟は(財)国民公園協会京都御苑事務所

壁は古くからの工法、竹を格子状に編んだ
小舞掻き下地に白漆喰を塗っている






f0374885_20262104.jpg

一見桂離宮を思わせるような雁行形に高床式
の書院造り。貴族の家に見られる造りという







f0374885_20264595.jpg








f0374885_20274642.jpg









西棟

f0374885_20281091.jpg








f0374885_20285824.jpg









f0374885_20292896.jpg








庭園遺構
f0374885_20295160.jpg

試掘調査により18世紀中頃に作庭されたことが判明する。
作庭当時の遺構は保存し、その上に緩やかな玉石の州浜を設け、
当時の池の意匠を復元したとのこと。

塀の向こうには旧九條家の拾翠亭と九條池がある







長屋門
f0374885_20300987.jpg

長屋門は近世諸大名の城郭、陣屋武家屋敷門として発生した形式で、江戸時代に多く建てられた。諸大名は、
自分の屋敷の周囲に、家臣などのための
長屋を建て住まわせていたが、その一部に門を開いて、一棟とした物が
長屋門の始まりである。

その後、長屋門は上級武士の住宅の表門の形式として広く利用されるようになっていった。武家屋敷の長屋門では、
門の両側部分に門番の部屋や仲間部屋が置かれ、家臣や使用人の居所に利用された。侍屋敷の長屋門は武家屋敷の
ものより小規模であるが、基本的な構成はほぼ同じである。

また郷村武士の家格をもつ家や、苗字帯刀を許された富裕な農家・庄屋でも長屋門は作られた。更に明治以後は他の
富農の家屋敷にも作られるようになった。このような長屋門では、門の両側部分は使用人の住居・納屋・作業所など
に利用された。
…ウィキペディアより引用


閑院宮家は、伏見宮、桂宮、有栖川宮家と並ぶ江戸時代の四親王家のひとつで、
東山天皇の皇子直仁親王を始祖として宝永7年(1710年)に創立されました。
 創建当初の建物は天明の大火(1788年)で焼失し、現在の建物との関係など
詳しいことはわかっていません。閑院宮家が東京に移った明治10年まで邸宅として
使用されましたが、その後は華族会館や裁判所に使用され、明治16年旧宮内省
京都支庁が設置された際に、現在の建物になりました。
 平成15年度から3カ年をかけて全面的な改修と周辺整備が行われました。
…ホームページより引用





[PR]
by kame-fukusima | 2017-03-06 09:08 | 京都御苑






梅は野にありても山にありても、小川のほとりにありても荒磯の隈にありても、たゞおのれの花の美しく香の清きのみならず、

あたりのさまをさへ床しきかたに見さするものなり。崩れたる土塀、歪みたる衡門、あるいは掌のくぼほどの瘠畠、

形ばかりなる小社などの、常は眼にいぶせく心にあかぬものも、それ近くにこの花の一ト木二タ木咲き出づるあれば、

をかしきものとぞ眺めらるゝ。たとへば徳高く心清き人の、如何なるところにありても、其居るところの俗には移されずして、

其居るところの俗を易ふるがごとし。出師の表を読みて涙をおとさぬ人は猶友とすべし、この花好まざらん男は奴とするにも堪へざらん。

露伴翁…花のいろいろ「梅」の項




                             白梅五題

f0374885_12585159.jpg











f0374885_12591209.jpg









f0374885_17523574.jpg











f0374885_17525508.jpg










f0374885_17532490.jpg




出師表」(すいしのひょう、)とは、臣下が出陣する際に君主に奉る文書のことである。

建興5年227年)、諸葛亮が主君の劉禅に奉った上奏文。一般に「出師表」と言えばこの文章を指す…
自分を登用してくれた先帝
劉備に対する恩義を述べ、あわせて若き皇帝である劉禅を我が子のように諭し、
自らの報恩の決意を述べた文である。
陳寿国志の本文にも引用されている他、『文選』、『文章軌範』等
にも収められており、諸葛亮の真作と考えられている。

古来から名文中の名文とされており「諸葛孔明の出師の表を読みて涙を堕さざれば、その人、必ず不忠」
(『箋解古文眞寶』の安子順の発言部分)と言われてきたほど、諸葛亮の蜀に対する忠義が如実に描写されていると言われてきた。
 …ウィキペディアより引用







[PR]
by kame-fukusima | 2017-03-03 09:12 | 京都御苑






建春門

f0374885_13131845.jpg


春は桜、秋は紅葉に染まる私の好きなところである。
桜 咲くのが待たれる







f0374885_13134085.jpg









f0374885_13141050.jpg

築地塀の中は仙洞御所、遠く僅かに見える山は如意ヶ岳(大文字の送り火で知られる)








松 三題

f0374885_13143217.jpg


あまり知られていないが、京都御苑には赤松・黒松の“巨樹”があまたある。
遠目には巨樹に見えないが近づいて眺めるとその大きさに圧倒される。
生きてきた歴史を感じさせる “松皮菱” 、さほど見えないが逞しい根張りを
窺わせる根元の膨らみ、そして御所透かしと言われる手入れにより、先人の
松に対しての気の遠くなるような思い入れを感じ取ることができる。
赤松・黒松の枝ぶりの見事さは、一朝一夕には出来るものではない










f0374885_13145277.jpg


付近には “皇女和宮” の生誕地がある








f0374885_13154235.jpg


  松は自然の中では生存競争には弱いような気がする。
  里山にしろ海岸にしろ松の生えているところと言えば樹木には厳しい環境のところである。
  風雨が厳しく栄養に乏しい尾根筋や岩の隙間にしがみつくように根を下ろしている。
  他の樹木には生存できない環境でしか生きていけないのだと思う。
  樹木にとって良い環境では、成長の早い他の樹木に駆逐されてしまうのだろう。
  そのような松が…とてもいとしい









[PR]
by kame-fukusima | 2017-03-02 07:15 | 京都御苑





早春賦

春は名のみの 風の寒さや

谷のうぐいす 歌は思えど

時にあらずと 声もたてず

時にあらずと 声もたてず

吉丸一昌:作詞



f0374885_13074649.jpg











f0374885_13083008.jpg

向こうに見える築地塀の中に大宮御所がある。
撮影場所付近が “学習院” 発祥の地である








f0374885_13085478.jpg

高倉橋より建礼門・紫宸殿を望む
(遠くに見える山は貴船山・鞍馬山-微かに残雪が見える)

京都御苑で鶯の初鳴きを聴くのは、二月下旬と記憶する。
初めはたどたどしく鳴いていたのが、日が経つにつれ、
やがて妙なる調べとなり耳にとどく。

早咲きの紅梅・白梅は、“出水の小川” 付近では一月には咲きはじめる。
ことしは年明けには咲き出し…今では見る影もない。
花の形の良い梅は、明治天皇誕生の地に咲くが…まだ蕾はかたい





[PR]
by kame-fukusima | 2017-03-01 07:06 | 京都御苑






クスノキ新雪を纏う
f0374885_20341438.jpg
古くからクスノキには神が降りたってくると信じられていたようです。
京都市内の寺社にはクスノキの巨木が数多く見受けられます。
中でも新熊野神社、青蓮院のクスノキは樹齢千年前後あり風格が漂い別格の存在です







閑院宮邸長屋門
f0374885_20345327.jpg
閑院宮家は、伏見宮、桂宮、有栖川宮家と並ぶ江戸時代の四親王家のひとつで、
東山天皇の皇子直仁親王を始祖として宝永7年(1710年)に創立されたそうです。
現代では長屋門には門番は居らず、ましてや馬つなぎもなく、駐車スペースや物置
として利用されているようです









建礼門
f0374885_20351714.jpg
京都御所の正門が建礼門です。この門を入ると朱塗りの承明門があり、正面に紫宸殿を見ることができます。
京都三大祭りのうち5月には葵祭、10月には時代祭の行列が建礼門前から出発し、上賀茂神社、あるいは
平安神宮に向かいます








[PR]
by kame-fukusima | 2017-01-18 07:23 | 京都御苑




拾翠亭(九條池畔)
f0374885_16205288.jpg

「拾翠亭は五摂家のひとつであった九條家の現存する唯一の建物で、
およそ200年前の江戸時代後期に建てられたものと伝えられています。
建物は全体が数寄屋風書院造りで、当時は主に茶会のための離れとして使用され、
今も十畳と三畳のふたつの茶室が残されています」・・・“国民公園協会”ホームページより引用
簡素な造りの建物が気に入ってます。二階から眺める九條池に心が癒やされます

昨年末より工事のため、しばらくの間見学できません









清水谷家のムクノキ
f0374885_16193642.jpg
早朝から深夜まで、御苑を通り抜ける歩行者や自転車がこの木の下をくぐる。
轍の軌跡が消えることはない。
築地塀の真ん中に見えるは建礼門











[PR]
by kame-fukusima | 2017-01-16 08:58 | 京都御苑





枝垂れ桜新雪を纏う
f0374885_21533528.jpg
宗像神社北側に一本の枝垂れ桜があります。京都御苑内ではいち早く桜の咲く季節が来たことを
知らせてくれます。今出川通り近くの近衛邸跡にある枝垂れ桜とともに人気のある桜です。
雪を纏った綺麗な姿は散歩する者の眼を楽しませてくれます。

今朝はあたり一面銀世界です。積雪10㎝以上はあるようです







[PR]
by kame-fukusima | 2017-01-15 06:58 | 京都御苑






           ハゼの木新雪を纏う
f0374885_00181057.jpg

           ハゼの木の実は和ろうそくの原料となります。ぶどうの実を小さくしたような形でたわわに実ります。
           秋には真紅の紅葉を見ることが出来ますが、残念ながらここ20年は肩すかしでした。地球温暖化が
           ここにも影響が出ているのでしょか。
           奥に見える木は桜の木です。春には素敵なハーモニーを奏でてくれます








ハゼの木

f0374885_00191200.jpg

近年、和ろうそくの原料として椰子油が使われ、型を使って鋳込んでいるようです。
比較的安価に買い求めることが出来ますが、味気ない気もします。
以前、飛騨古川町で見た手作りの和ろうそくが思い出されます









クスノキとハゼの木

f0374885_00194177.jpg
京都御苑ではクスノキを数え切れないほど見ることができます。熊野信仰に関係があるのかも知れません。
平安時代から“蟻の熊野詣”と言われ、京都から奈良を通り大変な数の貴族や庶民が熊野詣をしたようです。
教養ある平安貴族といえど、生きているうちにあの世を見たかったのでしょうか。
孔子のように「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」とはいかなかったようです







[PR]
by kame-fukusima | 2017-01-14 08:20 | 京都御苑

京都と各地で見かけた光景を投稿します。リンクは自由です。


by kame-fukushima