津軽は北のまほろば!?



陸奥、奥州、青森という文字を目にすると、辺境の地、田舎というイメージが
先行し、とても憧れの地とは考えられないだろう。ところが平安のその昔には、
憧れをもって歌に詠まれていたのである。
たとえば “三十六歌仙” の一人能因は

都をば霞とともにたちしかど秋風ぞ吹く白河の関

と詠んでいるように、都から遠く離れた陸奥は憧れをもって平安貴族たちに歌枕
の題材になっていたのだ。かの清少納言は「ゆくすゑはるかなるもの」は

陸奥国へ行く人の、逢坂越ゆるほど

と『枕草子』に書いているほど、陸奥とは遥か遠い土地として描かれていたの
である。ほかに歌枕として「白河の関」以外には「安積の沼」「信夫山」「松島」
「塩竈」「名取川」などがある。
あまたの宗教家にとっても、西行にしても、時代はさがるが芭蕉にとっても陸奥
とは、文字としても、まだ見ぬ土地、美しい物語の地として魅力があったのでは
ないだろうか。

その津軽だが、近ごろの考古学の成果から思うに、北の“縄文人”は“弥生人“より
幸せな生活を送っていたのではないだろうか、と思うのは私だけだろうか。



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※撮影年:1970年代(金木町近辺で撮影)。続きます





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by kame-fukusima | 2018-09-20 00:10 | 津軽半島を歩く