カテゴリ:旅行記( 24 )



山居倉庫で最も有名なところは倉庫西側のケヤキ並木である。
過去たくさんのポスターやテレビドラマで紹介されているので
一度は見かけたことがあるかと思う。
私も撮影イメージをふくらませ、一日の間に二度足を運んでは
みたものの、期待する光線の具合を待つのももどかしく、次の
場所へ移動してしまった。
似たような写真ばかりになってしまったが、どれも愛着があり
取捨選択は難しく増えてしまった m( _ _)m


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写真に写っている川を利用して穀物倉にお米を搬入搬出していたようだ。
穀物倉から船まで60kgの俵を運ぶのは女の仕事で、中には300kgの
米俵を背中に担いだ女傑もいたというからタマゲタ話である。





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by kame-fukusima | 2018-02-17 19:51 | 旅行記


NHKの朝ドラ、『おしん』のロケ地で有名になった山居倉庫(さんきょそうこ)。
山形県庄内地方で出来たお米は、酒田市の山居倉庫に運ばれると言っても過言
ではないと思う。最上川の舟の便を利用し一旦ここに運ばれ、古くは北前船を
利用し日本海を通って各地へ運ばれたのであろう。
歴史的建築物として残されているのかと思いきや、現在でも使われているという
のだから驚く。建物の構造は屋根が二重になっており、穀物の貯蔵に配慮した造り
になっているのだ。海風が二重屋根の中を通り抜け、夏の暑さでも蔵の中は外に
比べかなり涼しいのではないだろうか。倉庫の西側にはケヤキが植林されており、
西日が差しても倉庫に当らないように考えられている。
空調機も無い時代に、自然の通気を利用してお米を貯蔵していたのだ。現在では
空調機を用いて管理している。
建築当初は14棟だったが現在残っているのは12棟である。建築年は明治26年
(1893)、なんと125年を経ていて現役なのである。
山居倉庫は整然と並んで建てられていて、どこから見ても美しい建築物である。


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続きます・・・





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by kame-fukusima | 2018-02-15 20:15 | 旅行記

土門拳記念館を訪ねて



庄内地方二日目の旅は、前日の羽黒山を後にし酒田市の土門拳記念館
から始まった。土門さんは、私が写真の師と仰ぐ方です(勝手に弟子
と思っているだけですが ^^;)。
遅ればせながら記念館を訪問しました。


土門拳記念館
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広大な公園の中に建っている。設計は谷口吉生氏




白鳥池北側より記念館を望む
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記念館入口
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庭園「流れ」を望む
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勅使河原宏氏の作庭で記念館開設時に贈られた。
土門さんとは兄弟のような付き合いだっという




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白鳥池(拳湖)の彼方には鳥海山が秀麗な姿を見せるが、この位置からは見えませんね





エントランス
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白鳥池周囲の散策路
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展示室は紹介できませんが、普段は見ることが出来ないサイズの仏像や
寺院建築の写真を鑑賞することができ、その迫力に圧倒されます。

※次回は“山居倉庫”です



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by kame-fukusima | 2018-02-13 20:53 | 旅行記


出羽三山神社・三神合祭殿
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社殿は羽黒派古修験道独自のもので合祭殿造りと称するようだ。
現在の建物は文政元年(1818)に完成したもの。国の重要文化財に指定されている




羽黒山山頂・鳥居
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五重塔から一時間半ほど歩き、ようやく鳥居が見えた




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茅葺きの大きな建物が出羽三山神社・三神合祭殿
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豪壮な茅葺きの建物である。
写真左側の杉木立に囲まれ、鏡池がある。池の中には胴鏡が奉納されていたという




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厳島神社・蜂子神社
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左側の建物が厳島神社である。
両社殿とも彫り物が見事だが、風化が激しい



蜂子神社
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出羽三山御開祖蜂子皇子を祀っている。
蜂子皇子の御陵は羽黒山山頂にあり、宮内庁が管理している




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厳島神社
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※撮影年:2012





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by kame-fukusima | 2018-02-12 20:14 | 旅行記



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宿坊の門


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宿坊へ到る石畳の道





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宿坊斎館





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宿坊玄関





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宿坊の門扉





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宿坊より門を望んで



山頂祭殿の近くに“宿坊”があった。
かつては寺院であったようである。
とても素敵な雰囲気の場所で、美大の学生さんらしき
若い女性がスケッチする姿を見ることができた。



お知らせ
かねてより準備していた別ブログを開設しましたので、
ここにお知らせします。
別ブログでは、主にモノクロームフィルム、
カラーフイルムで撮影した古い写真を投稿します。
“古寺巡礼”など容量の大きな写真もそちらへ移行します。
こちらのブログでは、“洛中洛外点描” “旅行記”などにする予定です。
別ブログの名称は、「やまと草紙」と名付けました。
相当古い写真に関心がある方は、冷かしにお越しください m(_ _)m

addresshttp://yamato-soshi.jp/







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by kame-fukusima | 2018-02-09 21:30 | 旅行記




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五重塔から山頂祭殿までは、急勾配の石段を一時間半かけて登ることになります。
参道の中ほどには茶店もあり、見晴らしの良いところで休憩ができます(あいにく
モヤがかかり写真は撮れませんでした)。
杉木立は樹齢350年以上と言われています。





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by kame-fukusima | 2018-02-09 06:41 | 旅行記



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羽黒山五重塔(国宝)
約600年前に再建と伝わる。
杉木立に囲まれた中に鎮座しているが、
想像していたより開放感のある所でした。
しばらくの間、都から遠く離れた庄内地方(これも洛外^^;)を巡ります





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by kame-fukusima | 2018-02-08 06:51 | 旅行記

金沢-大聖寺紀行17








北前船の里橋立

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北前船の基地であった橋立港は、想像していたより小さく、現代風の魚港であった。風波を避けるには良い港だが、あまりにも想像と違っていたので写真を撮ることを忘れてしまったほどである。江戸時代には北前船は港へは入らず、沖合に停泊しハシケで荷物を運んだという。そのことを知り成るほどと合点がいった。

船主の集落は厳しい潮風から身を守るように山陰に建てられていた。石州瓦の赤瓦に棟や塀を飾る笏谷石、潮風から建物を守る竪板と共通した意匠を持っていた。
かつては繁栄していた橋立であったが、今ではあちらこちらに廃屋や屋敷跡の寒々とした光景が広がっており寂しいかぎりである。
集落を一望できる山の上からは日本海が垣間見える。白く泡立つ波頭がいっそう旅情を誘う

「金沢-大聖寺紀行」は今回をもって終了です





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by kame-fukusima | 2017-04-08 20:37 | 旅行記

金沢-大聖寺紀行16





“日本一の富豪村” 北前船の里・橋立

北前船の里資料館

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北前船の里資料館では、船主が使用していた陶磁器、漆器、船箪笥など種々の資料が贅沢極まる邸内に所狭しと展示されている。興味をひいたのは船主が日常生活を送る一階の座敷が漆塗りであること。金沢のお茶屋さんでも座敷や階段などで漆塗りは見受けられたものの、重厚な柱、梁、天井など七回ほど漆が塗られているというのは珍しいのではないだろうか。通常、漆塗りは三回ほどとか。
船箪笥が二十棹ばかり展示してあるのは圧巻である。船箪笥好きの私としては、一棹持ち帰りたいくらいであった。室内の写真を撮ろうと思ったがストロボの設定が出来ず不発に終わってしまった(十数年使用しているコンパクトデジカメも買い換え時期がきたようだ)。
庭園はというと、主な庭石や灯籠などは処分されてしまったのか、威容を誇るシラカシだけがかつての繁栄ぶりを思い起こさせるだけで寂しい状態である




                             北前船の里資料館遠景

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家屋の外観は、切妻造妻入りの屋根をかけ、その周りに下屋を設けている。屋根には赤瓦が葺かれ、棟に笏谷石を載せているのが特徴という。外壁は潮風を防ぐため、竪板で覆われている







蔵六園

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この建物は、江戸時代から明治時代中期にかけて北前船の船主として財をなした酒屋家の別宅としてに建てられたたもの。庭園は天保年間に作庭されたもので、大聖寺藩主が訪れた際、庭園の庭石が亀(蔵六)に似ていたことから蔵六園と名づけたと伝えられている。主屋は明治3年(1870)頃に建てられたもので総欅造り漆塗り、当時の北前船の船主の繁栄が伺えるもので敷地内にある門や土蔵などと共に国登録有形文化財に指定されている。
時間が無かったのでこちらは見学していない。次回は見学したいものだ






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道路の見事な敷石などからもかつての繁栄ぶりを窺い知ることができる





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大正時代には新聞や雑誌で日本一の富豪村と全国に紹介された





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寛政8年(1798)に編纂された「船道定法之記」によると当時の橋立町には30数名の船主が名を連ね100隻を超える北前船を所持していたと記されている。経済的にも豊かになった橋立町には西出・久保・酒谷・黒田・西谷といった船主達が財を成したといわれる。有り余る財で橋立に早くから電線を引き、夜でも昼のように外灯を灯していたとか。
北前船は大阪から北海道までの一航海で、現在の貨幣価値にすると一億円の利益を上げたといわれている。だが航海のリスクも多く、嵐により沈没する船もあったことは想像に難しくない。船主は財を成しても船員たちの給料は高くはなかったと伝えられている。
明治時代後期になると次第に北前船などの海運業が廃れ、現在は最盛期の賑わいはない(通信の発達と大規模な汽船による運搬、それに陸運が活発になり小規模な海運業は廃れたようだ)。
橋立は明治時代に建てられた船主達の屋敷が点在し国の 重要伝統的建造物群保存地区指定されている

橋立へはJR加賀温泉駅からバスで30分で行けます。

撮影:2015.2
camera:pentax optio s



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by kame-fukusima | 2017-04-06 21:12 | 旅行記

金沢-大聖寺紀行15





魅せられし “ 白き館 “

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近江町市場を見学し、付近を探索していると白亜の洋館(かつてはそうであったと思われる)が目の前に現れた。素敵だ、大いに心の琴線に触れる。玄関の造作はギリシアの神殿を模したかのようだ。エンタシスの柱がお洒落であるし、実に手の込んだ造りだ。一見、廃墟かとも思ったが玄関前には盆栽が整然と置かれていたことから推測するに廃墟にあらず。それでは住宅かとも思ったが、盆栽以外には生活感のカケラも見当たらない。わずかに開いた戸の隙間から、呼び入れるように見目うるわしき女人が手招きをしている、って『怪異譚』じゃあるまいしそんな夢のような話はない。イカンまた妄想が…

雨の降る中、傘を差しながら片手で写真を撮っていると、訝しく思ったのか道いく人が立ち止まって見ている。
一通り撮影を終え建物を観察してみると、現在は倉庫として利用されているようである。竣工当時は地方の銀行か郵便局、あるいは事務所として利用されていたのだろうか。採光や換気には十分に気を遣っている上に、二階には非常口らしき所も一カ所ある。良く出来ている(上から目線かよ)。リノベーションを行い “ふるカフェ系” に如何なものかと…
収穫のある金沢への小旅行であった。

次回は、金沢市の西方にある北前船のふる里 “日本一の富豪村“・ 橋立を紹介します


撮影:2010.7
camera:canon ixy digital l






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by kame-fukusima | 2017-04-04 20:33 | 旅行記

京都と各地で見かけた光景を投稿します。リンクは自由です。


by kame-fukushima